発酵を訪ねる
「馬場本店酒造」が守り続ける最上の味。
伝統と革新のみりんづくり
2022/12/08
発酵を訪ねる
2022/12/08
河川港として水運で栄えた千葉県香取市佐原の重要伝統的建造物群を過ぎた一角に、赤レンガの煙突と共に見えてくるのが「馬場本店酒造」です。
馬場本店酒造を代表する商品といえば、「最上白味醂(さいじょうしろみりん)」。澄みきった美しい色は、きめ細かな精米作業の賜物です。
今回は、みりん・酒づくりに情熱を注ぐ、15代目蔵元・馬場善広(ばばよしひろ)さんにお話を伺いました。
馬場本店酒造の見学希望者向けに無償で開放された一角には、過去に使われていた焼印、桶、一斗瓶など、貴重な歴史を物語る品々が並びます。趣のある蔵のたたずまいと相まって、当時の仕込みの情景を彷彿とさせます。明治時代には、あの勝海舟が数ヵ月逗留したという記録も残っているのだそうです。
そんな馬場本店酒造を、先代が倒れたことをきっかけに、ほかの酒蔵での修業を切り上げ、15代目として継承した馬場さん。長男であり、いずれ家業を継ぐ決意はしていたものの、思いがけず早いうちから歴史あるみりん・酒づくりを率いることになりました。
「先代から口を酸っぱくして言われていたのは、『みりんの味は変えるな』ということ。最上白味醂は、千葉県はもちろん、全国の料理屋さんで使っていただいているので、うちのみりんの味が変われば皆さんの料理の味も変わってしまいます。不安定な味付けは、料理屋さんにとって致命傷になりかねません。使ってくださっているお客様のためにも、変わらぬ味を守り続けるよう教えられました」
そうして、代々受け継がれてきた最上白味醂は、江戸時代後期から変わらぬ製法を貫き、数少ない旧式による手づくりのみりんとして多くのファンを獲得してきました。
そもそも、みりんは、昔は精米作業に大変な労力が必要だったため、精米度合いが低い米を使用したものを「赤味醂」、よく精米された米を使用したものを「白味醂」と呼んだといいます。「最上白味醂」の名は、馬場本店酒造の丁寧な手仕事の証でもあることがわかります。
そして、みりんづくりの伝統を守りながら、馬場さんが改革を加えたのが酒づくりです。先代まで招へいしていた、現場の責任者である杜氏による酒づくりを廃止。酒づくりの修業仲間として出会った奥様も加わり、自社の従業員だけで納得できる酒づくりを追求しています。
勝海舟の名を冠した最高級酒「大吟醸 海舟散人」、酒粕とみりん粕で造られた焼酎の「でぼけ」といった特徴的な酒のほか、昨年より良いものを提供することを目指して、新酒づくりに励んでいるのだそう。
「お酒に関しては、みりんとは違って、時代に合わせて変えていくことが大切だと思っています。もっと良いものを、もっとおいしいものを。ただその一念ですね」
では、昔ながらの製法を貫く、みりんづくりの工程を追ってみましょう。馬場本店酒蔵では、今も昔ながらの和釜の蒸米器(こしき)を使い、江戸時代の天保年間に建てられたという仕込み蔵で仕込みを行っています。
みりんは、もち米、米麹、醸造アルコール、焼酎などを原料としています。もち米は仕込みの前日によく洗米し、水に浸します。
蒸米器で蒸し上げます。一度に蒸すもち米の量は2t。蒸し上げた後は水を吸って、なんと3.5tにもなります。大量なので、仕込みの際には近隣から10人程のお手伝いの主婦の方たちが来てくれるのだそう。
蒸し上げたうるち米は麹づくりに、もち米は仕込みに使用されます。
もち米の粗熱をとり、麹米と混ぜて仕込みへ。独特の深みのある甘さが出るまで、55日以上タンクで保温して熟成させます。
みりんといえば、煮物に甘味を加え、照りを出すための調味料にとどまらないことをご存じですか?
馬場さんいわく、「実はみりんの使い道は広い」そうです。
「旧式みりんの特徴は、穏やかな香りと自然な甘味、濃厚な旨みです。和食の煮物に使うイメージが強いと思いますが、意外とさまざまな料理に使えるんですよ。例えば、カレーの隠し味に少し入れてみたり、中華の味付けにちょっと加えてみたり…。市販の鍋の素に足すと味に深みが出て、よりおいしくなるんですよ」
そもそも、江戸時代までのみりんは、女性や子供に人気の飲み物で、夏には暑気払いとしてよく飲まれていたそうです。馬場本店酒造の南蔵だった建物をリノベーションして造られた「佐原商家町ホテル NIPPONIA」のレストラン「LE UN(ルアン)」では、「最上白味醂」を使ったカクテル「味醂トニック」を飲むことができます。
「蔵をリノベーションして使いたいという申し入れは以前からいくつかあったのですが、NIPPONIAさんは地域への思いが強く、刹那的でない地域活性化に尽力してくれそうだと感じてOKを出しました。うちの蔵で、うちの最上白味醂を使ったカクテルを出してくれるというのもいいですよね。古き良き味を守りつつ、こうして地域でタッグを組むことで、新しい層にもみりんの奥深さを知ってもらえたらうれしいです」