発酵に恋して。

「フーズカカオ」福村 瑛さんが
発酵の国 日本から世界に届ける
発酵食品としてのチョコレート

2023/02/09

「フーズカカオ」福村 瑛さんが発酵の国 日本から世界に届ける発酵食品としてのチョコレート
「フーズカカオ」福村 瑛さんが発酵の国 日本から世界に届ける発酵食品としてのチョコレート

カカオ豆からチョコレートバー(板チョコ)になるまで一貫して製造することを意味するBean to Bar(ビーントゥバー)。それまでは、すでにブレンドされた板チョコを溶かしなおして独自の味付けをするのが主流だったチョコレートの生産現場に、2000年代後半頃から広がったクラフトチョコレートのムーブメントです。
今回お話を伺ったフーズカカオは、一般的なBean to Barのさらに前工程である農園でカカオをつくり、豆の味やクオリティを高めるところから、商品の製造・販売まで取り組んでいます。そして、その鍵となるのは「発酵」だといいます。フーズカカオの代表取締役である福村 瑛(ふくむら あきら)さんにお話を伺いました。

旅先インドネシアで見た
路上での生産風景に衝撃

フーズカカオは、カカオ豆の開発を行い、さまざまなメーカーにカカオやチョコレートの原料を卸し、大手メーカーと組んでカカオを研究・開発するカカオ開発ベンチャーであり、自社でもオリジナル製品をつくるBean to Barです。まずは起業のきっかけをうかがうと、代表を務める福村 瑛さんは、軽やかな口調でこう話してくれました。

「僕は、もともとチョコレートが大好きで、スーパーとかコンビニのチョコレートを楽しんでいたんです。ただ体調管理のために、パッケージの裏面にある原材料を見るうちに、いろいろ気になるようになりました。たとえば、チョコレートの原料ってカカオのイメージだけど、原材料の後の方に並んでいるから、意外と量は入っていないのかなとか。実はカカオって手に入りづらかったり、高価なものなのだろうかとか」

業界地図などを見て、その業界の構造を調べたりするのが好きだったことも、チョコレート産業への興味に繋がりました。

「チョコレートは、世界中に広まっている食品なのに、業界の裏側が見えづらいことも僕にとっては面白いポイントでした。カカオ農園ってどんなふうに運営されているんだろうとか、知らないことが多い。調べてみたいと思ったんです」

カカオの実

25歳になったら起業をしたいと、働いていたITベンチャー企業を辞めた福村さん。もともとバックパッカーで、世界を旅するのが好きだったこともあり、インドネシアのカカオ農園を訪ねることにしました。そこで見たカカオ農園の様子にショックを受けたといいます。

「カカオを道端に広げて乾燥させているんですが、その上を土足でまたいだりしていて、かなり適当なんです。僕たちがチョコレートっておいしいな、カカオって体にいいんだよねってありがたく思っている気持ちと、その光景との間にすごく乖離があると感じました」

インドネシアの農園を訪れた福村さん(写真提供:フーズカカオ)

木箱に入れて、バナナの葉がかぶせてあるだけのシンプルな発酵方法にも驚きました。

「インドネシアは僕が訪れた当時、カカオ生産量世界第3位。長い間、カカオを生産しているのに、品質を高めようとか、食品としての風味をよくしようとか、そういうことは考えずに続けられてきた産業だったんです。農園の皆さんはそもそも兼業農家で、彼ら自身が自分たちのカカオを口にする機会はほとんどないのもその原因ですね」

カカオの実の中には、30〜40粒の果肉が入っている(写真提供:フーズカカオ)

実際、インドネシアのカカオの多くは、カカオのかさ増しに使われたり、カカオバターが化粧品に使われたり、おいしいチョコレートの原料としては生産されていませんでした。

「当時の僕は、カカオは発酵させなくてはいけないらしいことは知識としてはありましたが、目の前のカカオが発酵しているのかしていないのか、見ていても判然としない。よくわからないままに、いろいろなカカオ農家を訪ね歩いて現場を見せてもらい、日本に帰ってきました」

いいカカオはチャンスになる
農園に住み込み、開発をスタート

日本に戻り、カカオやチョコレートのことをもっと知りたいと考えた福村さんは、クラフトチョコレートで有名なメーカーに就職を決めます。そこで、世界中から集まってくるいい豆をチョコレートにする工程を学んだのち独立し、フーズカカオを起業。今度はいい豆づくりに携わりたいと、インドネシアの農園で泊まり込みながら、生産者と一緒にカカオに向き合ってみることにしたのです。

立派な実をつけるカカオの木(写真提供:フーズカカオ)

なぜカカオに対してそれほどモチベーションがあったのですか? そう尋ねると福村さんはこう答えてくれました。

「カカオをつくることができるのは、農園の人たちだけです。でも、その原料を使っておいしいチョコレートをつくるのは、先進国といわれるような、これまでチョコレートを食べてきた国の特権になってしまっている。いいカカオをつくることができたら、農園の生産者の皆さんの大きなチャンスになると思ったし、一緒にビジネスができたら僕にとってもチャンスになると思いました」

最終的には、農園でチョコレートまでつくることができるといいけれど、いきなりは難しい。
まずは、今までとは違ういい原料をつくることをファーストステップに、農園の皆さんとおいしいカカオのための共同開発が始まりました。

インドネシアで
菌のお世話をする

「おいしいカカオをつくる鍵となるのは、発酵ではないか」そう考えていたという福村さん。発酵したカカオは茶色なのに対し、発酵していないカカオはアントシアニンの影響で紫色をしています。インドネシアで見るカカオは、茶色だったり紫色だったり、色がまちまちで、安定して発酵していないことがわかっていました。さらに、カカオの主要な生産地である中南米のカカオ品種は、芳醇なフローラルの香りがあり人気ですが、インドネシアのカカオはポリフェノール分が強く、渋みがあります。それがインドネシアのカカオの味が好まれない原因のひとつとなっていました。

一般にカカオには、下記のようにアルコール発酵(一次発酵)と乳酸発酵・酢酸発酵(2次発酵)のプロセスがあります。

  • 1.カカオを木箱に入れ、バナナの葉に包む。

  • 2.嫌気状態(空気が入らない状態)にすることで、酵母が活性化。カカオのまわりについている果肉(パルプ)の糖分を栄養素に、アルコールをつくるアルコール発酵を行う。

  • 3.アルコール発酵し好気状態(空気が入る状態)になったカカオが、乳酸発酵、酢酸発酵する。

  • 4.乾燥させる。豆が紫色から茶色に変化する。

日光に当てて豆を乾燥させる(写真提供:フーズカカオ)

福村さんは、こうした発酵を目指して、農園の人たちと一緒に試作を繰り返しました。いろいろな条件で発酵を試み、味を確認するという作業を重ねましたが、成功には程遠い出来だったといいます。

「何日発酵させて、何日寝かせて、何回回転させてと、いろいろなやり方を試しましたが、全然うまくいかないんです。そうすると、農園の人はなぜうまくいかないんだ?と僕を頼って聞いてきます。僕も発酵の専門家じゃないからわからないんですよ。でもわからないから帰りますというわけにもいかない……、これには結構悩みました」

そのとき福村さんの頭に浮かんだのが日本酒やワインの発酵でした。日本には、たくさんの発酵文化があります。カカオよりも研究が進んでいて、論文などもたくさん存在します。そういう文献を読みあさるなかで、発酵の共通点のようなものを見出しました。酵母がうまく発酵してくれる温度帯や、嫌気性の活動と好気性の活動の違いなど、いろいろなことがわかってきたのです。

また、インドネシアのカカオの渋みにどう対応するかの答えも発酵にあるのではないかと思いつきました。

「渋柿を焼酎につけると渋みがなくなるといいます。もしかして、カカオもアルコールにつけると渋みが取れるかもしれないと思ったんです」

そこで、第一発酵であるアルコール発酵に力を入れました。論文や文献で読んだ酵母がより増える、酵母にとってより快適な環境づくりを徹底したのです。実は、福村さんは、最初にカカオ農園を旅したときに、ある農園で強烈なお酒の匂いがしていたのを覚えていました。

「アルコール発酵がうまくいっている農園ではああいう香りがするんだと思いました。だとしたら、今僕らがつくっているものはきちんとアルコール発酵していないなと。あの香りを目指そうと、酵母がより働く温度帯を模索しました。バナナの葉っぱをかぶせた木箱にさらに毛布をかけたり、朝夕の寒暖差がとても激しいエリアだったので、日中に発酵を開始させてその温度を夜中までキープするなど、いろいろと試しました。試行錯誤を繰り返していたある日、ついにカカオからアルコールの香りがぶわっと広がったんです」

発酵していないカカオ(左)と発酵しているカカオ(中・右)。
優位に働いている菌の違いによって色や香りが変化する。
「フーズカカオが大切にするのは、カカオに漂う吟醸香です」と福村さん。

それまでは、カカオのために自分はどう行動する必要があるのかばかり考えていたと、福村さん。そうではなく、菌がうまく働いてくれる環境になるよう菌のお世話に徹すること。それがアルコール発酵成功の決め手となりました。この発酵でアルコールがたっぷりできたことに誘発され、その後の酢酸発酵や乳酸発酵の工程もうまく進みました。

「あのときは、一緒に開発をした農園のみんなと喜び合いましたね。その後は、どの菌を優位に働かせるのか味のバランスを考えながらチャレンジを繰り返し、ようやく理想のカカオの味をつくれるようになったのです」

東南アジアのカカオと日本の
発酵が
世界に認められる日

出来上がったカカオを持ち帰り、さっそくチョコレートづくりに取り掛かりました。そして、できたチョコレートを食べたとき、「インドネシアの可能性」、「発酵の可能性」を強く感じたと、福村さんは振り返ります。

「それまでインドネシアのカカオ豆からつくったおいしいチョコレートを食べたことなかったんですよ。インドネシアの豆=まずいチョコのイメージが僕自身にもあったので。それが、自分たちでつくって持ち帰った豆からとってもおいしいチョコレートができて。うわぁ発酵ってすごいって。僕ら、インドネシアの豆から、めっちゃくちゃおいしくつくれちゃったぞって思いました。ピースがうまくはまれば、長年おいしいものなんてつくれないって思われていた場所でもいいものをつくれるとわかり、感動しましたね。」

現在、フーズカカオでは、インドネシアのほかにも、タイやベトナムなど、東南アジアのカカオ農家と開発を進めています。そこでできあがったカカオを用いたオリジナルの商品も多数あるほか、卸としてカカオ製品を販売するだけでなく、クラフトチョコレートのメーカーとのコラボレーションも行っています。

「僕たちは今、カカオの香りを楽しんでもらうことをコンセプトに製品をつくっています。カカオ本来の香りを多くの人は知りません。でも僕らはもうそれを知っていて、チョコレートに、あのカカオの香りがないとものたりない。あの香りを欲するんです。それが発酵食品のもつ“なんかクセになってまた食べたくなってしまう”特徴であり、魅力だと思っています。僕たちが、発酵したカカオの香りをそのまま商品にのせることができ、お客さんも『カカオってこんな香りするんだね』って感動して味わってくれたら、興味を持ってくれる人はどんどん広がっていくのではないかと思っています」

フーズカカオの商品第一号となったbrittle(ブリトル)。
カカオを贅沢に使用したチョコレート生地と散らしたスペシャリティカカオのカカオニブがつくる
ザクザクとした食感のブラウニー。

カカオ×クリームチーズという2つの濃厚な発酵感を味わえる「発酵テリーヌ」(左)。
nel CRAFT CHOCOLATE TOKYOがつくる「ランゴー生ショコラ」は、
未脱臭カカオバターの華やかな香りが魅力(右)

2022年、フーズカカオは世界最大級の国際チョコレート品評会「インターナショナルチョコレートアワード」世界大会のチョコレートドリンク部門に、新商品の「Yuzusansho(ゆず山椒)」を出品し、最高得点を獲得。「最優秀賞」を受賞しました。

「東南アジアのカカオと日本の食材や発酵文化が、欧州で長い歴史のあるチョコレートの製品で評価されたことは本当にうれしかったですし、まだまだできることがたくさんあると感じました」

新商品「Yuzusansho(ゆず山椒)」は、「インターナショナルチョコレートアワード」世界大会の
チョコレートドリンク部門の最優秀賞を受賞した。

しかし一方で、危機感も抱いていると福村さんは言います。

「カカオを発酵させる工程は手間暇がかかり大変な工程です。にもかかわらず、農園は農作物をつくるだけの価格と大して変わらない報酬しか得ることができていませんでした。そのため、カカオ栽培をやめてしまう農園が増えてきています。実際、僕が最初に訪れたときは、生産国第3位だったインドネシアも、今では第5位に。国によるバックアップがされている中南米とは状況に差が生まれています」

これは農園支援という話ではなく、このままでは私たち自身がおいしいカカオ豆を手に入れられなくなるということを意味します。今後は、日本と同様に古くから発酵文化が根付く東南アジアの国と協力しあいながら、いい原料をつくり手に入れる環境をいかに構築できるかというフェーズにきていると福村さん。
そして、そのためにもチョコレート産業の中にもっと発酵の専門家が必要だと声を強めます。

「日本には昔から発酵文化が根づいています。研究もたくさんされている。だからこそ、発酵のプロや研究者がもっとチョコレートの分野に入ってきてほしいと思ってます。日本の発酵と東南アジアのカカオをもっと多くの人に伝えたい。これまでの欧米のチョコレートの文脈とはまったく違う新しい文化を世界に発信するチャンスになると思うのです」

福村 瑛 (ふくむらあきら)さん

代表取締役

福村 瑛 (ふくむらあきら)さん

代表取締役

福村 瑛 (ふくむらあきら)さん

1991年生まれ石川県出身。大学時代に中南米縦断、VC、ITベンチャー勤務などを経て、ダンデライオンチョコレートジャパンでチョコレート製造修行。
カカオ開発会社フーズカカオ株式会社を設立。東南アジアと東京 奥沢でスペシャルティカカオ豆の開発、チョコレート原料の卸売事業をおこなう。

フーズカカオ株式会社
https://whosecacao.com/

「発酵に恋して。」の他の記事を読む

To Top

このサイトについて

https://www.marukome.co.jp/marukome_omiso/hakkoubishoku/
お気に入りに登録しました