日本の朝ごはん
鰹節伝道師・永松真依さんの『かつお食堂』
2023/03/16
日本の朝ごはん
2023/03/16
削りたての鰹節をほかほかの白ごはんにのせた鰹節ごはんに、一番出汁のお味噌汁。鰹節を主役にした究極の朝ごはんを提供しているのが東京・渋谷にある「かつお食堂」。ミシュランガイドで2年連続ビブグルマンを獲得し、しばしば行列もできる人気店です。店主は鰹節伝道師として活動し、“かつおちゃん”という愛称で親しまれている永松真依(ながまつまい)さん。鰹節と出会って人生が変わったという永松さんに、鰹節への愛を語っていただきました。
「かつお食堂」のカウンターに立ち、シュッシュッとリズミカルな音を奏でながら鰹節を削る店主・永松真依さん。鰹節に魅了されたきっかけは、永松さんの祖母が鰹節を削る姿でした。
「当時はやりたいことが見つからなくて、夜遊びばかりしていた頃でした。福岡の祖母の家を訪れた時に見た鰹節を削る佇まいがかっこよくて、私もこんな人になりたいと感じたんです。作ってくれた味噌汁も今まで食べたことがないほどおいしくて、鰹節ってすごいなあって。その時に、祖母が子どもの頃は一家に一台は鰹節削り器があったという話も聞きましたが、鰹節を削る人に出会ったのは初めてでしたし、昔話のように感じましたね」
祖母が大切にしていた鰹節削り器を譲り受け、永松さん自身も鰹節を削る生活をスタート。削りたての鰹節を料理にトッピングするなど日常に取り入れていくうち、おいしさや香りの演出をし、幸せな空間を生み出す鰹節に夢中に。そんなある日、「鰹節はどうやって作られているんだろう?」という疑問を抱いて、鰹節の産地を訪ねることにしたそうです。
「約10年前、最初に訪れたのは静岡・西伊豆にある田子でした。そこで鰹節職人の方から『鰹節は後世に残していかないといけない日本の大切な食文化。いろんな地域に鰹節があるから、自分に合う味を探してみてください』と言われたんです」
そこから南は宮古島から北は気仙沼まで、3年半かけて産地を巡った永松さん。どんな人がどんな思いを込めて作っているのかを自分の目で確かめていくなかで、惚れ込んだのが昔ながらの製法で作られる本枯節です。何度もカビ付けと天日干しを繰り返して発酵・熟成させ、半年以上の手間暇をかけた最高級品。鰹節の生産量のうち本枯節の割合は約2~3%と、スーパーに出回ることはほとんどありません。
「本を読めば鰹節の作り方はわかるけれど、現場に行ってみるとその通りにはいかないことばかり。本枯節も生産者によってみんな違います。大自然の恵みにどうやって命を吹き込んで、おいしさに変えていくのか。育て上げていく過程を見ていると、本枯節って子育てと同じなんですよ。厳しくすると反発したり、甘やかすとだらけた節になったり。最後はお嫁に出す気分だよと話してくれる職人さんもいて、そんなふうに愛情が込められている鰹節が好きなんです」
もっとカツオのことを知りたいと鰹節の産地と平行して、カツオの水揚げ現場も訪ねている永松さん。時には宮古島で船に乗ってカツオ漁に出ることも。
「鰹節を削っていると脂肪が多かったり、味わいも酸味が強かったりと節ごとに違いがあるのですが、それはカツオの魚質があらわれるからです。水揚げされたカツオを見ても、勇敢に戦った顔だったり、切ない顔をしていたりと表情も違います。カツオ漁に出てみると生きるか死ぬかの世界があるし、漁師も命がけ。鰹節を削ってお茶碗にのせるのは簡単ですが、そこに至るまでにはたくさんの物語がある。だからこそ、店では背景もちゃんと届けたいと思っています」
「鰹節が好き!」という思いを突き詰めていくうちに、鰹節ができるまでの背景も伝えたいという使命感が芽生えた永松さん。「かつお食堂」をオープンした理由も、鰹節の魅力を伝えたいという思いから。そして朝ごはんに特化したのは、東京にはほっとできる朝ごはんを食べられる場所が少なかったからでした。
「朝にごはんと味噌汁を口にすると背筋が伸びて、今日もいい始まりだなって感じるんです。産地巡りをしていた時、職人さんが炊いたごはんに鰹節をどんとのせて、鰹節にお湯を注いだだけの味噌汁を出してくれたんです。それがすごくおいしくて、鰹節の話をするためにもシンプルなメニューに決めました」
「かつお食堂」で使う食材はすべて永松さんが厳選したものばかり。羽釜で炊く米は長野の飯嶋農園産。味噌汁には祖母が使っていた大分産の味噌に、田舎味噌をミックス。出汁の味が楽しめるように、優しい味に仕上げています。
もちろん主役の鰹節も永松さんが惚れ込んだものだけを使用。鰹節の味や香りを引き立てるため、鰹節削り器のメンテナンスも欠かしません。毎日、刃を研いで細かな調整を行い、営業中も何度も刃を変えながら削り、提供しています。
「鰹節は30分もすると酸化します。だから削りたてがおいしいんです」と永松さん。ふわりと薄い削りたての鰹節は舌触りがよく、口いっぱいに芳醇な香りとやさしい旨みが広がって、心まで満たされていくようです。
さらに鰹節の魅力を発信していくため、書籍『鰹節を手削りする美味しい暮らし』を2023年2月に出版した永松さん。鰹節を手削りする人を増やしたいという情熱が込められています。
「手削りはひと手間ですが、ここにはいろんなものが詰まっていると思うんです。削っていると作られた背景に思いを馳せたり、ぬくもりを感じたり、そもそも食ってなんだろうという大事な原点を教えてくれる。
とはいえ暮らしに取り入れるのは大変そう、出汁を引いたら丁寧な料理を作らないといけないというイメージが強いですよね。でも納豆に塩と削り節をかけるだけで一品になりますし、ガリガリの粉っぽい鰹節と塩を混ぜて揚げ物にかけるだけでスパイスみたいになっておいしい。硬い考えをほぐせるような内容にしています」
そして鰹節という文化を後世につないでいくため、後継者も育てていきたいと考えているそう。「かつお食堂」を一緒に盛り上げてくれる2代目かつおちゃんを募集中です。
「『かつお食堂』には鰹節職人や漁師の思いが詰まっています。東京で本物の味や思い、伝統文化を伝えていける場所として守っていきたいので、第2のかつおちゃんを育てたい。
また、次世代にバトンタッチするためにも、子どもたちへの食育活動にも力を入れていこうと思っています。鰹節を手削りする暮らしには日本の伝統が詰まっていて、これが日本の味なんだということを、暮らしの中に届けていきたいです」
※不定休です。インスタグラムにて営業日を告知しております。