発酵人
菰田欣也シェフの発酵語り その1
辛いだけじゃない!
自家製豆板醤が作り出す複雑な旨味の極意
2023/03/23
発酵人
2023/03/23
気さくな人柄でお茶の間でも親しまれる四川料理のスーパーシェフ、菰田欣也(こもだきんや)さん。四川料理の伝統とシェフの自由な発想で表現される一皿一皿は、まさに菰田ワールド! そのめくるめくおいしさを支えているもののひとつが、自家製の豆板醤です。
菰田さんの理想とする豆板醤とは? 料理における発酵の役割とは? たっぷりお話を伺いました。
四川料理の故郷、四川省は大きな盆地にあって、夏は暑くて、冬は寒い。毎晩のように雨が降るから、湿度も高い。そうした苛烈な気候風土に合わせて発展したのが、唐辛子の辛味と山椒の痺れる風味を多用した四川料理です。
ただ、実は四川に唐辛子がもたらされたのは500年くらい前。四川料理の代表的な調味料である「豆板醤」が登場するのは、400年くらい前だと言われています。
四川料理というと、「真っ赤で辛い!」というイメージが強いかもしれませんが、四川においては豆板醤も辛い味噌というよりは、旨味の味噌、として使われているんです。市販の国産豆板醤とは色も風味も塩分濃度もかなり違いますね。
辛味と塩味と旨味のバランスがよく、さらには材料から熟成の過程まですべて安心・安全なものを使いたい。だったら自分で作ろうか、というところから、僕の豆板醤作りはスタートしました。
僕の豆板醤は、塩の割合を低くして旨味を重視。菌が生きているから、香りは段違いですよ。仕込んで半年くらいから使えるようになり、熟成するにつれてまろやかで深い味わいに。
色も黒っぽく変化します。
豆板醤の材料は、そら豆、唐辛子、塩、麹。最初の年は、生のそら豆を使って作ったから、もう死ぬほど大変でした。100kgのそら豆が、むいたら20kgになっちゃうんです。ひたすらさやをむきつづけて、指はそら豆のアクで真っ黒。でもとれたのはたった20kgで、こりゃ大変だ。と(笑)
そこから冷凍そら豆を探したり、唐辛子は何を使ったりしたらいいのか、塩はサラサラしたものがいいか、しっとりしたものがいいか、何%までがベストか、いろいろ試して今にたどり着いています。すっかり深みにハマりましたね。
そら豆の代わりに、大豆で作れないかと試してみたこともあります。大豆100%、そら豆と大豆を半分ずつなどで試してみましたが、どちらも失敗。豆板醤の香りは、そら豆のあの独特の青臭さがあってこそなんだと気付かされました。そら豆を発酵させようと発見した四川の人は半端じゃない、すばらしい!
仕込みは毎年、夏前です。気温が高いと、菌も元気に活動するから発酵が進みやすい。1人で160kgくらい仕込んで、樽に入れて自宅で熟成させています。もはやこれは僕の趣味みたいなものだから、スタッフは巻き込めない。それに、発酵食品作りには、あまりたくさんの手が入らないほうがいいような気がしています。作るのも、運ぶのも、手入れをするのも重労働ではあるけれど、苦ではありません。
豆板醤の香りを際立たせるには、火入れの温度が重要です。
中華料理というと強火で一気に調理するイメージがあるかもしれませんが、香りや辛みを立たせるには「弱火でじっくり」が鉄則なんです。
どんなふうに豆板醤を使うか、四川料理の有名な1皿をご紹介します。
鶏の唐揚げと野菜を甘辛いタレで炒めた「大千鶏(タァチェンチー)」は四川出身の画家、張大千が愛したことから、その名がつけられました。
下味をつけて卵白と片栗粉をもみこんだ鶏肉をカラッと揚げ、同じ油で一口大に切ったピーマン、セロリなどの野菜も素揚げします。
続いて、具材を炒め合わせる工程です。
鍋に油を入れ、長ねぎと薄切りしょうが、山椒、豆板醤を弱火で炒め、油に香りを入れていきます。強火で一気にやると、せっかくの風味が飛んで苦味が強くなるので注意して。
ふわっと香りが広がってきたら、鶏肉と野菜を戻し入れ、合わせダレを加えて手早く炒め合わせます。タレは、砂糖、酒、穀物酢、醤油、こしょう、米麹を発酵させたチューニャンという調味料を混ぜ合わせたものです。
この料理での豆板醤の役割は、辛みを加えることではなく、香りと旨味を増幅させること。しっとりジューシーな鶏肉と食感のよい野菜に、酸味、甘み、やさしい辛さが渾然一体となったソースがからみます。
自家製豆板醤は、作った年によってはもちろん、樽によっても少しずつ味わいが違います。同じように作ってもまったく同じ味にはならないし、季節によっても風味が変わる。夏は菌が活発になるからぐーっと香りが強くなるし、寒くなれば香りが落ち着いてきます。それが発酵を止めていない、完全発酵調味料の特徴でもあるわけです。
そのときどきの食材によって、合わせる調味料の分量も調整しながら、ベストだと思う味わいに仕上げていくのが、僕の料理です。豆板醤は大さじ1、醤油は大さじ2というようにきっちり計って作るわけではないから、同じ料理でも一期一会です。
つまり、僕は料理に安定を求めてはいないんでしょうね。安定志向だったら、そもそも調味料を自分で作ろうなんて思いませんよね(笑)
大阪あべの辻調理専門学校卒業後、1988年赤坂四川飯店に入社。陳建一氏のもとで修行をし、szechwan restaurant陳 四川飯店グループ総料理長を務めるなど、約30年に渡りグループを支え続ける。2017年に独立し、火鍋専門店「ファイヤーホール4000」を、18年に南青山に「4000Chinese Restaurant」をオープン。また、テレビや雑誌、イベント出演、専門学校の講師など、食の楽しさ、魅力を伝える活動や後進の教育にも力を注ぐ。著書に『菰田欣也の中華料理名人になれる本』など。
https://komoda.amebaownd.com/
4000 Chinese Restaurant