発酵人
菰田欣也シェフの発酵語り その2
醸される時間、かける手間が
料理に深みを与えてくれる
2023/03/30
発酵人
2023/03/30
気さくな人柄でお茶の間でも親しまれる四川料理のスーパーシェフ、菰田欣也(こもだきんや)さん。毎年、初夏には160kgもの豆板醤を仕込むといいます。菰田さんが手作りしている発酵食は、実は豆板醤だけではありません。休日にひとり厨房に出ては、からすみや明太子を仕込むという、正真正銘の発酵人ぶり! 菰田さんが発酵に魅せられるワケに迫ります。
豆板醤と並んで、四川料理でよく使われる発酵調味料に塩漬けの唐辛子、泡辣醬(パオラージャオ)があります。
もともとは唐辛子と川魚、塩を一緒に発酵させていましたが、今では、川魚を入れずに、唐辛子と塩だけで発酵させる製法が主流です。
この塩漬け唐辛子を使う代表的な料理が、魚香茄子(ユイシャンチェズー)。実はこれ、日本では麻婆茄子の名で親しまれている、あの料理の原型です。その昔、川魚で発酵させた唐辛子を使って、ナスに魚の旨味と香りをプラスしていたことがうかがえる料理名ですね。
泡辣醬は、スープに入れて煮込むと唐辛子から旨味がどんどん出てきます。透き通っているけれど、辛い。辛いけれど、辛いだけではない。複雑な旨味は、発酵の力のなせる技ですね。
このほかにも大豆を発酵させた豆豉、糀ともち米から作るチューニャンという調味料もよく使われます。チューニャンは市販では手に入らないので、これも僕は手作りしています。
中華料理では、調味に砂糖を使うことが非常に多いんです。たとえば海老の塩炒めのような料理でも、実は塩よりも砂糖のほうがたくさん使われているくらい。
なぜかといえば、塩というのは、おいしいと感じられるゾーンが狭いから。「しょっぱい」と「味が薄い」の間のごく狭いすき間が、塩のおいしさなんです。そこに甘みを加えてあげると、一気にうまいと感じられるゾーンが広がる。
ただ、砂糖は甘みがストレートで、わかりやすいんですね。砂糖だけでなく、チューニャンや甘糀などの甘みの発酵調味料を使うことで、砂糖よりも複雑でまろやかな甘みをプラスできる。さらに、舌にダイレクトに塩味があたらずに、ゆっくりと五味が感じられるようになるんです。これは僕の感覚なので、理論的に合っているかはわかりませんが、発酵の甘みが砂糖よりもやわらかく伝わることは間違いないと思います。
チューニャンは、糀と砂糖、酒を発酵させたものに、蒸したもち米を加えて練って作ります。蒸し立てのもち米を加えると菌が死んでしまうから、人肌くらいまで冷ますのがポイントです。出来上がったチューニャンは、海老チリに入れたり、炒め物の合わせ調味料に加えたりと、僕の料理にはなくてはならない存在。やわらかな甘酸っぱさが絶妙な隠し味になってくれます。
また、僕の店では、フカヒレをもどすときに「甘糀」を使っています。フカヒレのような煮込み料理では、砂糖を多く使うとダイレクトに強い甘みが立ってしまいます。その点、甘糀は、やさしい甘みでほかの調味料との調和もいい。試しに使ってみて「これいいじゃん!」となった、最近の発見です。
僕は豆板醤も作るし、チューニャンも作るし、からすみも明太子も作ります。からすみはお店でお出ししていますが、明太子は完全に趣味(笑)
明太子に手を出したのは、たまたま入った寿司屋で明太子が出てきて、「自家製ってできるんですか?」と聞いてみたのがきっかけです。「明太子、難しいですよ」と言われて、火がついちゃった。どう難しいんだ、やってみようじゃないか、と。
作り方は、これもまた完全に僕のオリジナル。正解かどうかはわからないけれど、たらこを凍結させて塩漬けにし、完成までには約2週間かかります。作り始めは見栄えのいい大きなたらこを選んでいましたが、今は小さくても質がいいものを厳選して。クレイジーだなと自分でも思いますよ。休みの日も店に出て、5kgくらい仕込んでいます。
できあがった明太子は、一口大に切って、酒を振って軽く蒸すともう最高。めちゃくちゃ香りが立ってふっくら、中は生で表面はぷちぷち。これを汁ごとごはんにかけて食べてほしい。悶絶です。
12月になると、からすみの仕込みです。僕が作るからすみは、中心をちょっと生っぽく仕上げるのが特徴で、卵感がしっかり。りんご酢で酸味を加えるとか自由に実験していて、いろんなパターンのからすみを作りまくっています。保存する必要性もないので、塩は極力抑えめに。塩味が先に立ちすぎると旨味が感じづらいという気がして、自分が手作りするものは塩加減にこだわって研究しています。
豆板醤、チューニャン、からすみ、いろいろな発酵食品を作っていると、発酵というのは生きた菌が働いてくれるからこそで、醸される時間が絶対的に必要であることを改めて感じます。
一方で、料理というのは、食材の最高のおいしさを閉じ込める手早さが求められるものです。短時間で作る料理に深みを与えてくれるものが、発酵食品。発酵、熟成にかけられた時間、手間、過程ではないかと思っています。たとえば塩ダレといっても、塩と砂糖と油で作るものと、そこに発酵調味料をいくつか加えたものとでは、味わいの深さがまったく違います。
四川で覚えた調味料や技法を使って、日本の豊かな食材を最高においしく料理する。それが僕のやりたいレストランです。
僕の料理を食べにくるお客様が何を求めているかと考えると、本当においしいものへの追求を続けることに行き着きます。四川の調味料だけでなく、日本の調味料も自家製のものも、ルールを決めずに試して、使って。とくに調味料を含めた食材選びには、正直でありたいと思っています。お客様の体に入るものを作っているわけで、自分はお客様の代わりに素材を選んでいる、任されている。そんなふうに考えて、突き進んでいます。
大阪あべの辻調理専門学校卒業後、1988年赤坂四川飯店に入社。陳建一氏のもとで修行をし、szechwan restaurant陳 四川飯店グループ総料理長を務めるなど、約30年に渡りグループを支え続ける。2017年に独立し、火鍋専門店「ファイヤーホール4000」を、18年に南青山に「4000Chinese Restaurant」をオープン。また、テレビや雑誌、イベント出演、専門学校の講師など、食の楽しさ、魅力を伝える活動や後進の教育にも力を注ぐ。著書に『菰田欣也の中華料理名人になれる本』など。
https://komoda.amebaownd.com/
4000 Chinese Restaurant