日本の伝統 保存食を極める
第十一回 たまり漬 栃木県日光市 上澤梅太郎商店
2023/06/01
第十一回 たまり漬 栃木県日光市 上澤梅太郎商店
日本の伝統 保存食を極める
2023/06/01
保存食は、食料が慢性的に不足する季節や不測の事態に備えたり、貴重な食材を無駄にしないために世界各地で工夫を重ねられながら発達してきました。
新鮮な野菜や果物、魚介類や肉類を、発酵・乾燥・燻製などの技術を駆使して加工する。保存食には、その国、その地方の食文化が息づいています。
食文化の土台を支える生活の知恵、保存食を極める旅。
今回注目するのは、栃木県の日光名物として知られる「たまり漬」。400年の歴史がある上澤(うわさわ)梅太郎商店の伝統を、家族とともに次代へと受け継ぐ上澤佑基(うわさわゆうき)さんにお話を伺いました。
江戸時代に、江戸と徳川家の信仰の対象となっていた日光東照宮までの参詣道として賑わいを見せていた日光街道。歴史ある土地で400年以上も街の変遷を見守り続けてきたのが、元禄時代に創業したと伝えられる、上澤梅太郎商店です。
元禄時代、日光神領の年貢米を預かる蔵業から始まった上澤家の家業は、大正時代には味噌や醤油の醸造を手がけるようになり、長きにわたり地域の人々の生活を支えてきました。現在は、看板にも大きく掲げられているように、日光名物の「たまり漬」の老舗として知られています。
「看板商品のたまり漬は、先々代当主の梅太郎が開発しました。当時、戦後で材料を入手するのが困難で、味噌や醤油づくりに苦労していたときに、今の状況は無茶苦茶だけども、いずれ平和になれば日光・鬼怒川は世界に名だたる観光地として必ず復活すると信じた梅太郎が、自分の手で地域の銘品をつくりたいという想いから生まれました。醸造工程を活かした漬物をつくろうと研究を重ねたそうです。そして生まれたのが、『日光みその たまり漬』です。昔は各家庭でも味噌は作られていましたから、ちょっと古くなった味噌床に野菜などを漬けた保存食はありましたが、梅太郎は味噌を仕込む過程の副産物である濃厚な『たまり』を利用して漬物をつくることに成功しました」
大根、なす、きゅうり、ごぼう、しょうが……上澤梅太郎商店にはさまざまな「たまり漬」がありますが、なかでも一番人気はらっきょうです。一口では大きすぎるほどの大粒ならっきょうは、シャキシャキぽりぽりとした食感が特長。一般的ならっきょう漬けにある独特な癖はなく、まるでフレッシュなサラダのような味わいで、何粒でも食べられてしまうほど!
「栃木県はらっきょうの名産地なんです。地元の信頼できる生産農家さんから分けていただいた、厳選した素材を使っています。食感の秘密は、つくり方。熱を加えずにつくることで、食材の繊維を壊すことなく仕上げています。常温で長く保存をするためには、加熱が必要になりますが、風味や歯応えは無くなってしまいます。美味しさを届けるために、上澤では昔ながらの非加熱製法にこだわっています。らっきょうが苦手だった方でも、うちのらっきょうなら食べられるという方も多いんですよ」
戦後の食糧難での逆境から生まれた「たまり漬」。梅太郎の想いを越え、今では日光の名産品として多くの店が手がけるようになりました。
「実は当時、周りからは、なんでそんなことするんだ、無理だという声もあったそうです。漬物は家庭でつくる時代でしたから。そんななかで、梅太郎は強い意志を持って、果敢に挑戦しました。商品として完成すると、次は知ってもらうために、お得意さまに味噌を配達する際に、ノベルティとして渡すなど、認知を広めていったそうです。その努力が実り、徐々に上澤のたまり漬は広まりました。とはいえ、今でも漬けものの地位はまだまだ低いと感じますし、味噌や醤油の市場規模も年々縮小しています。でも、こんな時代だからこそ、私たちも工夫しながら挑戦していかなくてはと思うんです」
佑基さんが入社後に最初に手掛けたのは、ブランドのリニューアル。その後も、新しい取り組みを続け、古き良き日本の食卓の魅力を発信しています。
「99年からWEBショップは運営していたのですが、もっと若い世代にも知ってもらうためにもWEBサイトのデザインを新しくし、ブランドのリニューアルを本格的に行いました。その際に、漬物や日本食そのものの伝統的な文化を伝えるためには、実際に食事をしてもらうのが一番ではないかと考え、長い間使われていなかった築150年の隠居と呼ばれている建物で、朝ごはんを提供するお店『汁飯香の店隠居うわさわ』を始めることにしたんです。炊きたてのごはん、味噌汁、漬物というシンプルなメニューを通して、日本人の普通の生活を、きちんと伝えていけたら。さらに今後は、漬物が美味しいというだけではなく、地域の文化や歴史、ライフスタイルを丸ごと提案していけたらとも思っています」