発酵を訪ねる
世界初の駅ナカ醸造場「東京駅酒造場」から
日本の発酵文化を発信する酒屋、はせがわ酒店。
2023/06/29
発酵を訪ねる
2023/06/29
2020年の東京駅地下エリアの大規模リニューアルにともないオープンした「グランスタ東京」。駅のなかだとは思えないほどのバラエティ豊かな充実した施設が並び、いつ訪れてもたくさんのひとで賑わっています。なかでも注目は、はせがわ酒店が手がけた世界でも類を見ない駅ナカ酒造所。「東京駅酒造場」に込めた思いを、店舗づくりを担った後藤みのりさんにお話を伺いました。
東京駅改札内、グランスタ東京B1の「スクエア ゼロエリア」に店舗を構えるはせがわ酒店。リニューアル以前より、小売販売だけなくテイスティングバーも併設し、旅や通勤途中のお酒好きの人々に人気のスポットでしたが、リニューアルで酒造所まで誕生し、ますます注目を集めています。
「施設全体のリニューアルが決まったとき、それまでと同じような店舗をつくるのではなく、新しい挑戦をすることにしました。はせがわ酒店は都内に6店舗あるのですが、それぞれのお店で特色が異なっています。そこで東京駅という場所をどう活かすかを考えたとき、当時はパンデミックの前でしたから、東京オリンピックに合わせて世界中からたくさんの方がいらっしゃるだろうと思い、日本の発酵文化について日本酒を通して世界中に伝えようと決めました。そのためには、ただお酒を並べて売るだけではなくて、酒造りもそうですし、お酒の原料になる酒米にも触れてもらえるような、体験型の店舗をつくることにしたんです」
店舗の中心とも言える「東京駅酒造場」は、メイン通りに面したガラス張りの空間内にあり、酒造りの工程を誰でも見ることができます。しかし、そもそも醸造所は誰もが簡単につくれるものではないのだとか。
「もともと私たちはお酒の小売店です。酒蔵ではありませんし、醸造の免許も持っていませんでした。特に日本酒の醸造に関しては、新規の免許が下りることはほぼ不可能だということも知っていたのですが、それでも挑戦したいという思いで申請すると、許可が下りたのです。私たちもびっくりしました(笑)。社内で募集をかけて、やってみたいと手を挙げてくれたスタッフと一緒に、私たちの新しい挑戦がスタートしました」
「お取引のある酒蔵へお願いし酒造りを学ばせていただきながら、並行して醸造所の設計を行いました。こだわったのは、一部の工程だけではなく、洗米から瓶詰まですべての酒造りの工程を行うこと。22.8平米という極狭空間ですから、発酵タンクは通常のものに比べて約1/20ものサイズですし、駅の構内ということで火も使用不可。さまざまな問題を解決するためのたくさんの工夫が必要でした。約2年の準備期間を経て、ようやく完成したのが『東京駅酒造場』です。日本各地にはたくさんの素晴らしい酒蔵があり、歴史も味も到底及びませんが、私たちは日本酒をもっと身近に感じてほしいという思いで、日本酒とどぶろくを製造しております。それらのお酒は隣のショップで購入できるほか、テイスティングスペースで出来たてを味わうこともできます。駅という誰もがアクセスできる場所で、酒造りに触れ、日本酒に興味を持ってくれると嬉しいですね」
「季節のフルーツどぶろく」は、「東京駅酒造場」で製造されるお酒のなかでも、もっとも特徴的な商品です。デザートのようなパッケージが可愛らしく、おみやげに購入される方も多いそう。
「『季節のフルーツどぶろく』は、女性や日本酒が苦手な方でも美味しく味わえる商品をつくりたいという思いで生まれました。奇抜なものではなくて、たくさんの人に喜んでもらえるようにと考えた商品です。アルコール度数も5%と低いので、気軽に試すことができますし、デザートのように楽しんでもらえると思います」
ユニークな取り組みで、訪れるひとをあっと驚かせてくれるはせがわ酒店ですが、もともとは下町の小さな酒屋だったそう。現在の代表である長谷川浩一さんが跡を継いだときに、とにかく日本酒にこだわると決め、各地の酒蔵を巡り、本当に美味しいお酒を発掘する日々を過ごしたといいます。それまでの酒屋のイメージを覆すようなモダンな店舗づくりや、市販酒のコンペを企画するなど、日本酒業界を盛り上げるために果敢な取り組みを続けてきました。その思いは、グランスタ東京の店舗にもありました。
「店内のすべての日本酒のプライスにはQRコードが付いていて、説明をお読みいただけるようになっています。日本酒はどれを選んだらいいか迷われるお客さまが多い商品。味の特徴だけではなく、酒蔵の思いや特徴など伝えたいことはたくさんあります。特に東京駅は外国の方も多いですから、説明は必須なんですよね。しかし一方で、電車の時間の関係で急いでいるお客さまも多い店舗ですから、じっくりと接客することも難しい。そんななかで、活躍するのが手書きのポップなのですが、デジタル化することで、英語にも対応できますし、スペースを気にすることなくたくさんの情報をお届けすることも可能になりました。随時アップデートもできるのもいいところですね。時間や周りのお客さまを気にすることなく、じっくりと選んでいただきたいと思っています」
「私たちは美味しいお酒造りを目標にしたり、有名な酒造メーカーになりたいわけではありません。酒造りに触れたり気軽にお酒を楽しむ体験を通して、日本酒に興味を抱いてもらえたらと思うんです。各地の酒蔵さんにも足を運んでもらえるようになったら嬉しいですね」
あくまでも、きっかけづくりとしての存在でありたいと後藤さんは言います。
そしてきっかけづくりには、もうひとつのキーワードがあります。それが「酒米」。テイスティングバーでは、通常は市場に出回ることのない酒米でつくった「酒米を使った たまごかけごはん」の朝定食や、「酒米おにぎり定食」のランチメニューも展開。次の記事にてご紹介しますので、こちらもどうぞお楽しみに!