発酵人
健康のカギを握る腸内細菌に首ったけ!
bacterico代表・菅沼名津季さんが
「腸内フローラ×発酵」で叶えたいこと
2023/08/24
発酵人
2023/08/24
妊活中および、妊娠中の女性にむけた腸内フローラのパーソナル検査と食事指導のサービスを展開する株式会社bacterico(バクテリコ)代表の菅沼名津季(すがぬまなつき)さん。腸内フローラが私たちの身体に与える影響を解明し、世界の人々の健康に役立てようと研究者と起業家の二足のわらじをはきこなします。腸内細菌の不思議でおもしろい生態や、「菌とともに!」と日夜奮闘する菅沼さんの描く未来像など、たっぷりお話しをうかがいました。
菅沼名津季さんが研究者を志したのは、高校生のとき。医師を目指して勉学に励んでいた菅沼さんは、職場体験で訪れた病院でその後の人生を大きく変える場面に立ち会います。
「働き盛りの男性が、パートナーとお子さんを遺して息を引き取ったんです。悲嘆に暮れるご家族の姿に、胸が詰まりました。そのときに強く思ったのが、予防医学が進歩したらこんなつらい別れを減らせるのではないかということ。その日から、将来の夢は予防医学の研究者になりました」
大学で遺伝学、大学院で薬学を学んだ菅沼さんは、「予防の基本は食事」という考えから大手食品メーカーに就職。そこで待っていたのが、腸内細菌との運命の出会いでした。
「入社後、初めて配属されたのが、腸内細菌の研究チームだったんです。便秘といった身近なものから、アルツハイマー病や糖尿病、不眠症まで、全身の疾患に関わっている腸内細菌は、まさに予防医学の鍵を握る存在。ちょうど腸内細菌の研究が飛躍的に進化していた時期でもあり、あっという間に魅了されました。私自身も食生活を改善したことで長年悩んでいた便秘が解消し、おなかの中にいる腸内細菌の働きを実感しました!自分の努力で変えることができるというのも、腸内細菌に大きな可能性を感じたポイントです」
「腸内細菌って、人と同じ。生き物なんです。同じ人が1人としていないように、腸内細菌もみんな違います。乳酸菌やビフィズス菌というのは、日本人、アメリカ人のような総称であって、同じ乳酸菌でもたくさんの種類がいて、まったく違う個性があるんですよ」
そこで、菅沼さんが力を入れて取り組んでいるのが、「腸内細菌に合わせた食の個別最適化」です。
研究を進めるなかでひらめいたアイデアを「どうしても実現したくなってしまって」、2020年にbactericoを起業。現在は、妊活中・妊娠中の女性に特化したパーソナル腸活のサービス事業を主軸に展開しています。
「胎児は、お母さんの血液から成長に欠かせない栄養成分を積極的に取り込んでいます。お母さんの腸で吸収された栄養分が血液にのって運ばれていくので、お母さんの腸内環境が非常に大切です!たとえば、妊娠中にお母さんがしっかり食物繊維を摂っていると、おなかの赤ちゃんが将来、肥満になりにくいという研究もあります。大切な赤ちゃんの成長の一端を腸内細菌が担っている。そう考えると、お母さんの腸をすこやかに整えることの重要性がわかりますね」
腸内環境を改善し、善玉菌を活性化していくためのアプローチとしてbactericoが提案するのが、腸内細菌に合わせた食の個別最適化。いわば、オーダーメイドの腸活サポートです。
「ひとくちに腸内細菌といっても、おなかの中にいる菌のメンバーは一人ひとり違います。自分のおなかにいる善玉菌はどんな食べ物が好きで、何を食べるとよく働いてくれるのか? なりたい自分に近づくためには、どんな菌を増やし、元気に活動してもらうといいのか? それを現状の腸内フローラのデータから分析し、日々の食事でアプローチしていきます」
「腸内には、およそ40兆個の菌が住んでいます。ここで大事になるのが、菌の多様性と善玉菌の割合です。多種多様な菌が共存し、なおかつ体にとっていい働きをしてくれる菌が多いほど、腸内環境はよくなります」
腸内細菌の集合は、まるでお花畑のように見えることから腸内フローラとも呼ばれます。起業家でもある菅沼さんの目には、お花畑とはまた違った見え方をしているよう。
「腸内細菌って、企業と似ているなと思うんです。多様性があって、優秀な人材が多い企業は、業績も伸びますね。反対に、職場環境が悪くなれば、人材流出が起こって業績も低迷してしまう。腸内環境を整えることは、いかに職場環境をよくして社員のモチベーションを上げるかと同じ、というわけです。だから、私たちの事業は、企業のコンサルタントのようなものですね。めざす姿(ビジョン)を聞き、現状を分析して、やるべき施策を考える。まず、検便で腸内細菌の遺伝情報を読みとってデータ化し、そのデータに基づいて専任の管理栄養士が食事の指導を行います」
bactericoが提供する「ママフローラ」というサービスでは、管理栄養士がチャットツールやWeb面談を通じて、日々の食事ついて、きめ細かなアドバイスを行い、出産までの食生活に伴走。一生使える栄養学の基礎が身につくと好評です。
「どんな食材、メニューを選ぶと、自分は調子がいいのか。それがわかっていると、コンビニやスーパーのお惣菜を選ぶときにも役立ちますよね」
腸内細菌が活性化する食生活と聞くと、「質素」「素朴」「物足りない」といったイメージを持つ人もいるかもしれません。
「動物性脂肪を摂ると、分解して消化・吸収するために肝臓でつくられた胆汁酸が出ます。一部の胆汁酸は手前の小腸で吸収されますが、吸収しきれなかった胆汁酸は大腸まで到達します。大腸に入った胆汁酸は、悪玉菌などに分解され、二次胆汁酸となります。この物質が多くなってしまうと身体に悪影響を及ぼすとも言われています。だからといって、食べたいものを我慢するばかりでは、ストレスが溜まってしまいますよね。そこで、満足感のある味わいと腸内細菌を整えることを両立させるレシピの提案も、私たちの活動のひとつです」
「こちらは、自由が丘のスイーツ店と共同開発した腸活スイーツです。大田区の『人生100年を見据えた健康寿命延伸プロジェクト』の一環で開発・販売し、目標を超える売り上げを達成する人気商品に!コンセプトは、血糖値が上がりにくい糖尿病予防のスイーツ。区民の健康診断のデータ分析で糖尿病予備軍が多かったことから、開発に取り組みました。砂糖の代わりに善玉菌のエサとなるオリゴ糖を使い、クリームにヨーグルトを活用して低脂質に。ヨーグルトのような発酵食品を食べると、菌の多様性が高まることがわかっています。また、発酵食品には、菌がつくってくれたビタミンなどの栄養素がたっぷり。腸内環境を整える作用が期待できる食品です」
自分に合った「腸内細菌」のトリセツを持ち、個別最適なケアをすることで、病気を防いで幸せな毎日を送れるようにする。菅沼さんが、腸内細菌の研究と事業を通じて実現したいビジョンは明確です。
「口から取り入れた栄養を、腸のなかで菌が代謝して、別の成分に変えていく。この菌の代謝活動が、発酵です。腸内フローラと発酵の働きをうまくサポートすることができれば、その人がなりたい理想像に腸から近づいていくことも可能だと考えています。たとえば、Aという菌は、持久力に関係する。Bという菌は集中力に影響を与える。免疫力を高めるにはCという菌の割合を増やすのがよさそうだ――。菌の個性の研究を深め、その菌が快適に“発酵”できる環境を整えていくことで、病気の予防からさらに進んで、夢の応援にもつなげていきたい。それが、私が描く腸内フローラ×発酵で叶えたい未来です」
株式会社bacterico(バクテリコ)代表取締役。明治大学農学部生命科学科卒業後、国立名古屋大学創薬科学研究科博士前期課程修了。江崎グリコ株式会社での研究員を経て、bactericoを創業。慶応義塾大学薬学部で教鞭もとる。趣味は発酵食品の食べ歩き。「世界でいちばん臭い発酵食品と言われるニシンの塩漬けの缶詰、シュールストレミングを大学の校庭で開けたときは、警備員がかけつける異臭騒ぎに。世界の発酵文化を知るのも楽しいです」
https://bacterico.co.jp/