発酵を訪ねる
ファッションストリートのど真ん中で見つけた
食の楽しさ、大切さを再発見できる「堀江発酵堂」
2023/10/19
発酵を訪ねる
2023/10/19
大阪市西区にある、大阪を代表するファッションエリア「堀江」。その中心となる、全長800mに及ぶオレンジストリートには家具や雑貨、アパレルなど数多くのショップなどが立ち並び、連日たくさんの若者たちでにぎわっています。そんなストリートのど真ん中に、2021年11月にオープンした「大阪難波 堀江のオーガニックカフェ 堀江発酵堂(以下、堀江発酵堂)」。若者が行き交うファッションの街で提案する、発酵料理の世界とは一体どんなものなのか。女将の稲田翔子さんにお話を伺いました。
「堀江発酵堂」はからだに優しい発酵食品をつかった定食やカフェメニューが楽しめるオーガニックカフェ。店内では定食のほか、手作りのスイーツやジュースが楽しめ、テイクアウトのお惣菜や全国各地から仕入れた食品の物販なども行っています。
賑やかなストリート沿いということもあり、お店には発酵料理や食品に興味を持つ人はもちろん、個性的なファッションの若者まで、時間を問わず毎日たくさんのお客さんが訪れています。オシャレなカフェも立ち並ぶエリアで、なぜ定食を中心とした発酵料理を提供する飲食店を始めることになったのでしょうか。
「私の料理を食べてもらいたい!と、お店を始めようとしたときに、偶然いまのお店の物件に空きがあることを知ったんです。ただ、人気のアパレルショップなどが並ぶこのあたりで、”発酵食品”にまつわる飲食店を出店したいと、周囲に話をしたときは驚かれましたね。でもやるからには人がたくさん通るような場所じゃないと! 『堀江発酵堂』を始める以前から私にとっては堀江の街はすごく馴染みのある場所だったので、ここにお店を出すことに悩みはなかったです。いまでは、偶然お店に立ち寄った、発酵料理に興味がないと言っていた若い世代のお客さんも『週に一回はここの定食を食べることに決めた』と通ってくれるようになりました。ここで食事をすることで、少しでも食に興味を持つ人を増やせたらと思っているので、やりがいを感じた瞬間でしたね」
そもそも、“発酵”に興味を持つきっかけは何だったのでしょうか。
「自分自身の体調を良くしようとしたのがきっかけ。特に10~20代前半までずっと悩まされていたのが生理不順です。年齢が経つにつれ、このままじゃ子どもを産むのも難しいのかも…と、からだを変えるには内側からと食事の摂り方を変えることにしました。まずはマクロビオティックや陰陽五行などの考えに基づいて、日本の伝統食を中心とした食事を摂ることにしたんです。なかでも、中医学の考えでは高温多湿の日本は”腎(腎臓ではなく、生殖や成長·発育、ホルモンの分泌、免疫系などの機能を併せ持つ)”に負担のかかる地域だとされています。水はけの良いからだにしておかないと”腎”が弱ってしまい、ホルモンの数値なども悪くなり、生理不順や不妊に繋がる。そういった知識を学んでいくなかで、日本の伝統食である発酵料理を積極的に取り入れることにしたんです。からだの腸内環境を整え、血液をキレイにすると、”幸せホルモン”といわれる脳内物質のセロトニンも発生しやすくなる。発酵食品を摂り入れるようになってからは生理不順も便秘も治り、乾癬やアトピーも全部治ってしまったんですよ」
発酵食品の魅力に触れ、独学でいろいろな料理作りを試していったという稲田さん。子どもも生まれ、順風満帆かと思ったところにやってきたのが新型コロナウイルス感染症でした。
「出産とコロナが世界中に広まったタイミングが重なったんです。子どもを産んだことで、添加物などからだに悪いものを子どもに食べさせたくないと、より一層食事に気を遣うようになりました。大人でも、免疫力を上げたいと思っている人は以前よりもすごく増えましたよね。でも、外食しようとすると、からだに良い食材や料理を提供してくれる飲食店がどこにもない。私の料理なら、それが叶うのに…と思ったんですが、子どもは当時まだ1歳半と幼くて、色々と悩みました。でも、誰かがやらないと! と『堀江発酵堂』を始めることにしたんです」
念願叶ってオープンした堀江発酵堂は店内飲食、弁当や惣菜のテイクアウト、全国から取り寄せた醤油や塩などの調味料などの物販、3つのスタイルで展開しています。どれもこだわりの素材を使った料理や食材が並んでいます。
「いざお店を始めるとなったときに、食材探しが大変でした。マクロビオティックにある“身土不二”という地産地消、自分が置かれた環境に近いものをいただくという考えを大切にしていて。大阪・千早赤阪村の道の駅で販売している無農薬の野菜や、近くにある有機や自然栽培の野菜を取り扱うお店に足を運んで、生産者と直接やり取りをするようにしました。塩や醤油などの調味料は岡山などから取り寄せていますが、それも自分の足で見つけたもの。調味料などは物販でも販売していますが、私が選んだものを実際にお客さんに使っていただくことをイメージすると、適当なものは選べないし、その魅力をお伝え出来ない。セレクトするポイントとしては、エネルギーを感じるものを選ぶようにしています」
そんなこだわりの食材や調味料を使って作る料理は「Hakkou唐揚げ定食」「Hakkou油淋鶏定食」など、メインのおかずはしっかりと、品数も豊富でボリューム満点です。
「”粗食”をイメージされる方もいらっしゃるので、ガッツリした料理が食べられることに驚くお客さんもいらっしゃいます(笑)。基本は『腸内を汚さない』『からだも心も元気にする食事』がテーマ。唐揚げやアジフライなどは揚げ物でからだに良くないというイメージを持つ方もいらっしゃるかもしれませんが、鶏肉は抗生物質やホルモン剤を使っていない鶏肉を使っています。動物性たんぱく質は消化に時間がかかるといわれていますが、醬麴など3種の麹や甘酒を使うことで酵素を分解。アジフライも寿司店に卸されるような立派な天然アジを使っています。これも麹に漬けこむことで消化はもちろん、味もぐっと良くなる。『うま味調味料使ってる?』なんて聞かれるくらいです」
こだわりはメインのおかずだけではありません。お味噌汁や副菜、お漬物やご飯まですべての料理に発酵食品が使われています。
「ご飯は発酵玄米。発芽させた無農薬米に、”腎”に良いとされる黒い食材の小豆や黒米を入れて炊いています。玄米は消化に悪いとされていますが、消化を手助けする食品として、ごま塩をいれています。ごま塩も手作りで、毎日一時間、生ごまを炒って作っています。おかずは季節に必要な野菜を使っています。夏なら心臓や小腸が弱りやすいですし、秋には肺や大腸が弱くなる。内臓のケアをしてくれる野菜を使うようにしています」
麹や甘酒など発酵調味料は料理の味を一段と引き立ててくれます。
「実は堀江発酵堂の料理はどれも味付けは濃いめ。みなさん薄味をイメージされがちなので、びっくりされます(笑)。味付けに使うお塩は天然海塩で、栄養素がたっぷりあるもの。塩分はからだに悪いといわれますが、それは塩ではなく、精製塩などに含まれるナトリウム。塩そのものは”腎”に良いとされているんです。ほかに、料理に使うソースや酵素ジュースなど、ひらめきでメニューを作ってしまうタイプで。これとこれを混ぜて発酵させたらどうだろう? これでソースを作ったら野菜に合うかも? 意外な組み合わせで美味しいものができることもありますね」
定食メニューのほかに、麹を使った焼き菓子や手作りの酵素ジュースなども展開。夜にはメニューも代わり、アルコールも提供しています。
「お店のある堀江は幅広い世代の方が通うエリア。時間に関係なく、いろんな方が食事を楽しんでくださっています。うちの定食は食べた後に『食べた感じがしない』と言われるんです。お腹いっぱいでも重くない。食べたあとに眠くなることもなく、すぐに仕事を頑張れる。エネルギーになっているのが分かるって。拒食や過食気味で悩んでいた方が『堀江発酵堂』のご飯で症状が改善されたり。そういう言葉を聞くとうれしいですね」
お店に通う常連さんからの要望もあり、稲田さんは今年4月から別店舗にて料理教室をスタートしました。さらに、そこから先には気になる展開も。
「『堀江発酵堂』の食事が良いからと毎日のように来てくださるお客様も増えました。でも、来てもらうほどに、この食事もいいけどもっとこっちの食材を~と、家に帰ったらこんな料理を作って~と説明することが増えたんです。喘息やアトピー、腎臓が弱かったり、ガンなどの治療をしていたり、みんなどこかにからだの悩みがある。でも、いまの『堀江発酵堂』のメニューだけではからだを改善していくことは難しい。自分のからだは自分で整えることを知っていただかないと、とお客さんからの要望も増えたことから料理教室を始めることになったんです」
料理教室のほかにも、稲田さんにはまだまだ挑戦したいことがたくさんあるそうです。
「来年春までには物販だけを独立させ、ファーマーズマーケットを近くにオープンさせたいなと思っています。あと、私はぬか床マニアなんですけど、いま果物を漬けるぬか床を開発中です。発酵調味料を使ったソース作りと同じで何でもチャレンジしてみたいですね」
選ぶ素材と同じ、稲田さん自身もエネルギーに満ちた素敵な女性。これからも変わり続ける『堀江発酵堂』に目が離せません。
「『こういう店があって良かった』、そう言ってもらえるお店になりたいですね。発酵はいろんな菌が繋ぐバトンだと思っています。しかもその菌は素材同士を繋ぐだけでなく、人と人とのバトンも繋いでくれる。生命が繋がることに無駄がないんです。”発酵”はからだに良いものばかり。未来の子どもたちのためにも、良いものを選ぶ。そんなお店、人でありたいですね」