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日本の朝ごはん
神楽坂の路地に佇む「神楽坂 むすびや」で、
理想の朝ごはんを。
2023/12/21
日本の朝ごはん
2023/12/21
近ごろ日本だけでなく世界でも注目を集めている「おむすび」。ブームの以前より愛され続けてきたおむすび屋さんが、花街の風情が残り東京のパリとも呼ばれる、神楽坂の路地にあります。「神楽坂 むすびや」を切り盛りするのは、4人のお母さんでもある、伊東敦子さん。子育て中に「おむすび」の奥深さを知り、おむすび専門店を手がけるまでに。日本食の代表ともいえる、こだわりのおむすびをいただきに、朝の神楽坂を訪れました。
神楽坂下から上り最初の路地である神楽坂小路に、伊東さんが営むおむすび専門店「神楽坂 むすびや」があります。開店したのは、2016年1月1日。夜の街の印象のある神楽坂で、早朝から日本食を味わえる貴重な存在として、出勤前のビジネスマンや、近隣の学校に通う学生、そして地元の方々で賑わいます。
伊東さんがおむすび専門店を開店することになったそもそものきっかけは、「お母さんのおむすびはおいしくない」という息子さんのひと言だったといいます。
「子どもたちのスポーツや習い事などで、お弁当を作ることは多かったのですが、おむすびを入れると、残してくるんですよね。それも、白米が大好きな長男が。白いごはんに、卵と納豆があれば満足するような子なのに、お母さんのおむすびはおいしくないといって。おむすびなんて、具材を入れてご飯を握るだけなのに、おいしくないってどういうことだろうと思いました。そんなときに、主人が学生時代から通っていたというおむすび店を訪ねたところびっくりするほどおいしかったんです。私のおむすびと全然違いました。こんなおむすびを作れるようになりたいと、当時1番下の子がまだ幼稚園に通っていたのですが、近所のおむすび店で朝4時から8時まで修行をさせてもらうことにしたんです」
子育て真っ最中だった伊東さんを突き動かしたのは、おいしいおむすびを子どもたちに食べさせたいという思いただひとつ。
「いちばん先に学んだのは握り方。まったく違ったんですよね。私はギュッギュッと力を込めて握っていたんです。形がくずれちゃいけないと思い込んでいたんですよね。でも、おいしいおむすびは、ひとくち食べたときにほろりと崩れるくらいの握り加減。ふんわりとのりで包むような感じでした」
もともと食べることが大好きだったという伊東さん。いつか小料理屋さんのようなお店を持ちたいという夢はあったものの、まさかおむすび屋を始めるとは思ってもなかったそう。
「主人の祖母が、もともと神楽坂で料亭を営んでいたこともあり、土地にはご縁がありました。子どものつながりでも神楽坂にどんどん知り合いが増えていって、知人から、『物件が空いたからお店を出したら?』と、紹介していただいたんです。主人から、『おむすびを勉強しているのだからおむすび屋さんをやりなよ』と言われて。子どものために学びに行っていたので、お店を出すなんて思いもつきませんでした。まだ子どもは小さく、自分のお店を持てる気もしなかったのですが、主人が契約してきちゃったんですよ(笑)! 2015年の夏でした」
スケルトンでの引き渡しの店舗だったため、ゼロからの店づくりがスタート。
「お店づくりはさっぱり分からなかったので、いろいろな方に協力していただきました。友人にフードコーディネーターや店舗デザイナーを紹介してもらったり、ママ友にもずいぶんお世話になりました。こだわったのは、やはり時間が経っても、ふんわりとおいしく食べられること。そのために、冷めてもおいしいお米選びや、海苔と具材のバランスなどを考えました。お米は、早稲田にある一等米専門店のお米マイスターさんを紹介してもらい、おむすびにあうブレンド米を作ってもらいました。いくつか試作をし、ぱくっと食べたときにお米がホロホロとほどけ、ふんわりしてる!甘い!といった口当たりの印象が最初に来るようなオリジナルブレンドを作ってもらいました。やはり、お米が主役。おむすびはお米でまったく違うものになります。炊き方も、季節によって水分量を調整しながら変えています。次に決めたのは、海苔でした。海苔も紹介してもらったお寿司屋さんから海苔屋さんに繋げてもらい、厚みのある香り高い豊かな一級品を見つけることができました。塩にもいろいろな種類があるのですが、たどり着いたのは、沖縄の離島・粟国島の塩でした。ミネラルや栄養分がたっぷりで、尖っていない甘味があるんです。たくさん振っても全然しょっぱくないんです。ただ、ちょっと水分が多いため、最後にひと手間、火にかけて水分を飛ばして、すり鉢で細かくしてから使っています」
土台となる基本の食材が決まったあとは、おむすびの具材選びです。今では約40種類ものメニューが並びますが、オープン当初は20種類ほどからのスタートでした。
「その頃には子どもたちも、私の握るおむすびが大好きになっていて、家族みんなでメニューを考えました。『おむすびの具って何があった?何が食べたい?』と、飲食業のド素人だった私は、原価も考えずに、第一にあるのは『おいしいおむすびを食べてもらいたい』という気持ちだけ。築地の仲買さんに行き、自分たちの目でみて味わっておいしいと自信をもって言える食材を仕入れることにしました」
食材が決まれば、完成は間近です。どんなにおいしい食材をつかっても、握り方次第で台無しになってしまう。身をもって体感していた伊東さんは、握り方にもこだわりが。
「店内では握りたてを提供しているのですが、お店で提供するものと、テイクアウト用のものとでは握り方を変えています。時間が経つと水分が抜けてしまうということを考慮して、テイクアウト用は空気を入れてふんわりと握り、冷めてもおいしくいただけるようにしています。」
「神楽坂 むすびや」の朝は8時半から14時まで。オープン時間は、子育てをしながら営業できる時間で決めたそうですが、いまやすっかり神楽坂の朝の顔です。
「こんな裏道ですが、駅前の抜け道なので、早朝からたくさん人が通るんです。テイクアウトで買ってくださる方もいますし、立ち寄って食べてから出勤する方も。また、夜中まで仕事をされ、朝ごはんを食べてから帰るという方も。本当に、いろいろな方がいますから、来てくださる方みんなが、元気になるようなメニューを考え、そこに欠かせないのが味噌汁でした。幼い頃に食べた朝ごはんのイメージですね。昆布とかつおで出汁をとって、具材はその時々で変わりますが、こだわっているのは練りごまを隠し味に加えていること。コクが出てとってもおいしくなるんですよ」
サイドメニューの唐揚げも人気。店内でも注文できるほか、テイクアウトで唐揚げ弁当もあり、おむすび同様に冷めてもおいしいおかずです。
「先ほど、主人の祖母が料亭を営んでいたと言いましたが、生粋のグルメ家族なんですよね。本当においしいものを知っている。鶏肉は築地の宮川食鳥鶏卵から仕入れています。その鶏肉を、自家製の塩麹を使ったタレにつけて揚げています。おむすびもそうですが、ずっと頭のなかにあるのは、子どもたちにおいしいものを食べさせたい、体にいいものを食べてもらいたいという気持ち。そんなときに、発酵食品の塩麹に出合って、日常でも使っていたんですよね。醤油味の唐揚げはたくさんありますが、塩味ってあまりないですし、主役のおむすびとも合うなと。衣に片栗粉を使っているのは、子どもの友達に小麦アレルギーの子がいたのがきっかけでした」
「子どものために」からスタートした、おむすびから広がったさまざまな世界。伊東さんはこれからどんな目標を描いているのでしょうか?
「ここまで続けてこられたのは、たくさんの方のおかげ。地域や関わってくれた方への恩返しがしたいです。たとえば、イートインでおむすびを出しているかごは、富士山の二合目付近に自生しているスズ竹を使った伝統工芸品の竹細工なんです。繊細な網目に惹かれて、おむすびのサイズに合うように編んでいただいています。日本の古くからある素晴らしい伝統もたくさんの人に知ってもらえるように発信していけたらいいなと思っています」
「お店を初めてもう8年になります。コロナ渦前後での変化もありました。以前はビジネスマンの方が多かったのですが、最近では朝にわざわざ並んで待っていてくれる若い方もたくさん。海外からのお客さまも増えてきましたね。実は常連で、香港からわざわざ足を運んでくださるご夫婦もいるのですが、もっとたくさんの海外の方にも健康的でおいしい日本食の素晴らしさを発信していけたらいいですね。近年では、私の姉がお店を手伝ってくれるようになって、スタッフも含めて熟女ばかり(笑)。みんなのお母さんのつもりで、どの世代の方でも気軽に立ち寄ることができて、ほっと一息つけるような場所になれたらと思います。そして、今、ずっとこんなお店をやりたかったんだなと私自身が実感しているところ。これからもおいしいおむすびを通して、みんなの居場所になれたら嬉しいです」