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おいしく長寿。魅惑の発酵王国NAGANO
【前編】飲む人を魅了してやまない
「エールビール」の素晴らしさを
日本全土に伝えたい
そんな思いから生まれた
ヤッホーブルーイング
2024/05/23
【前編】飲む人を魅了してやまない 「エールビール」の素晴らしさを日本全土に伝えたいそんな思いから生まれたヤッホーブルーイング
おいしく長寿。魅惑の発酵王国NAGANO
2024/05/23
創業時の社長は、現星野リゾート代表の星野佳路(ほしの よしはる)さん。星野代表は学生時代、留学先のアメリカで初めて飲んだエールビールに感動し、「いつか日本でこのビールを広める」と志を立てたそうです。その熱い思いは長い時を経て、長野の地に、クラフトビールメーカーとして実現しました。それが、ヤッホーブルーイングです。ブルワー(醸造士)として、その味を創ってきた創業メンバー・福岡篤史(ふくおか あつし)さん(右)と、森田正文(もりた まさふみ)さん(左)に、ヤッホーブルーイングのビール造りについてお話を伺いました。
長野県東部にある佐久(さく)市。周囲を浅間山や八ヶ岳連峰といった2000メートル級の山々に囲まれ、中心部には日本一の大河とされる千曲川(ちくまがわ)がゆったりと流れています。一年を通して晴れが多く、空気が澄んで、水や農作物がおいしい地域です。自然が豊かな一方で、信州の玄関口であり首都圏からのアクセスがよく、避暑地として有名な軽井沢も隣接しています。この地に醸造所を設け、1996年に会社設立、97年からクラフトビール造りを行っているのがヤッホーブルーイング。日本では数少ないエールビール専門のビールメーカーです。
ビールは発酵方法の違いからラガーとエールに分かれます。日本では、明治維新前後に大手メーカーによる製造・販売が始まりましたが、すべて低温発酵のラガーで、手間のかかる常温発酵のエールは造られてきませんでした。
日本のビール史に大きな変化があったのが94年。酒税法が改正され、年間最低製造量が引き下げられ、日本各地で小規模なビールメーカーが立ち上がり、 “地ビールブーム”が起こりました(当時はクラフトビールではなく、地ビールという呼び方が主でした)。
創業メンバーは、現在の社長・井手直行(いで なおゆき)さんを含めた7人。そのうちの一人95年入社の福岡篤史さんは当時について語ります。
「海外からブルワー(醸造士)などの技術者を招いていち早くスタートしたメーカーも多かったです。でも星野の考えは違い、海外の技術者はいつか本国に帰ってしまう。日本人の技術者が必要だと考えたのです。そして、ブルワー志望だった私が、製造開始前までの約1年間、一からビールの勉強をするため単身でアメリカ・シアトルに渡りました」
シアトルでは、語学学校に通いながら、ブルワリーで見習いとして働き、ビール専門学校にも通った福岡さん。あまりの多忙さにくじけそうになった時もあったとか。そんな彼を支えたのは、やはり現地で飲んだビールの味でした。
「日本で飲んだことのない、エールビールを飲んだ時、すごくおいしくて。ああ、これなのかと。私も日本でこのビールを造ってみたいと思いました」
創業者から渡された夢のバトンを、しっかりと握りしめた福岡さん。それほどまでに魅力のあるエールビールとはどんなビールなのでしょうか。ラガービールとの違いは発酵方法にあります。ラガーは、低温で時間をかけて発酵させる「下面発酵(かめんはっこう)」で造られ、のどごしの良さやすっきりとした味が特徴です。低温発酵のため味や香りの成分が生成されにくい一方で雑菌も繁殖しにくく、大量生産にも向いています。一方、エールビールは、常温で比較的短時間で発酵させる「上面発酵(じょうめんはっこう)」で造られます。製造には細心の管理が必要ですが、フルーティかつ華やかな香りや、コクのある味わいが特徴です。
「ビールは麦芽(モルト)、ホップ、酵母、水が主な原材料ですが、使う原材料やバランス、製造工程によっていろいろな種類(スタイル)に分かれます。ビールのスタイルは約150種類あるといわれ、ラガーに比べると圧倒的にスタイルが多いのがエールビール。ペールエール、ペルジャンホワイトエール、スタウト、ポーター…。色も香りも味わいも度数もすべて異なり、それぞれに個性ある味わいが楽しめます」
そんなエールビールの多様性は、ブルワーにとっても大きな魅力といえるのです。
97年3月、ヤッホーブルーイングはビール製造免許を取得し、製造を開始しました。
「通常ですと商品の企画開発から製造まで短くても半年はかかります。でも、既に6月と7月にリリースが決まっていて、アメリカ滞在中にいろいろなビールを造って溜めていたノウハウを駆使しながら、免許取得後2,3か月で試作を繰り返しました」
そんな慌ただしさはありましたが、無事に念願のエールビールを予定通りリリースすることに成功。ウイートエール「軽井沢高原ビール ワイルドフォレスト」、アンバーエール「軽井沢高原ビールナショナルトラスト」、アメリカンペールエール「よなよなエール」です。
「よなよなエールはまさに日本にエールビールを広めるための主力商品。クラフトビール先進国アメリカに匹敵する、アメリカ産ホップを使用した本格的なアメリカンペールエールです。一方の軽井沢高原ビールは軽井沢限定で発売、軽井沢という特別な地域に暮らす、世界のビールの味を知っている方々も満足していただける、プレミアム感のある商品にしました。すごく良いものができたとは思いましたが、同時に本当にこれでいいのか、すごく不安でした。店頭で商品を手にしているお客さまを見かけると、陰からつい念を送ってしまったり(笑)」
そんな不安は翌年、ある出来事によって自信へとつながっていきます。日本最大のクラフトビールのフェスティバル、ジャパンビアフェスティバル(98年~)で、よなよなエールが金賞を受賞。以来、よなよなエールは、さまざまな品評会で評価され続けています。そういった機会を通して、クラフトビール業界の横のつながりもできたと言います。
「ほかのメーカーさんと情報交換したり、打ち上げに行ったり。結構仲がいいんです。皆、それぞれ努力して道を切り開いてきているのを知っているからでしょうね。その後、ブームといわれた時代も終わって、業界全体で売れ行きが低迷した時代もありました。弊社もそれこそコピー用紙の裏表を使ったり…。でも、どんなに経費を削減しても、ビールの味にかかわる原材料だけは絶対にコストカットしませんでした。それはトップも含めて、我々社員も全く同じ考え方でした。打開策としてネットに販路を広げ始めたのもこの頃です。
また、同じ商品ばかり販売していたらいつか飽きられてしまう。我々もビール造りのノウハウを蓄積したい。そこで、2002年から軽井沢高原ビールのシーズナル(季節限定品)として、毎年スタイルの違うビールをリリースし、その時の評判や知見を、他の製品にも反映していきました」
同シーズナルとして2003年にリリースした、「インディアペールビール」は、ホップの苦みと深いコクが好評を博し、人気商品である「インドの青鬼」の誕生につながりました。
2012年、「水曜日のネコ」の開発担当した森田正文(もりた まさふみ)さんは、当時はまだ入社3年目でした。大学で発酵を学び、ヤッホーブルーイングに入社、彼もまた、エールビールの魅力に虜になった一人でした。
「はじめてペールエールを飲んだ時、あまりのおいしさに衝撃を受けました。自分も上面発酵のビールを作りたい、そしてもっと広めたいと思いました。新卒で入社したので、もちろん醸造は未経験。最初は先輩の仕事を見て、覚えたところから自分でもやってみて、少しできるようになったと思ったら、すぐにまだまだだなと思ったり…。そのくり返しでした。
それでもいろいろな製品の開発に携わりながらノウハウも蓄積できた頃、社内で、いままでなかったホワイトビールを開発しようという声が上がりました。新しい挑戦なので、ぜひやりたいと思い、自分から手を挙げたんです」
ブルーマイスター(醸造長)だけがビールのレシピを制作するビールメーカーもある中で、ヤッホーブルーイングは違いました。若いブルワーにもチャンスを与え、経験が不足しているなら周囲がフォローするのです。ただ、ホワイトビールという前例のないスタイルなだけに、森田さんは一から一人で開発に当たらなければなりませんでした。
「市場で成功したベルギーメーカーのホワイトビールを目指しましたが、レシピが公開されているわけではありませんから。原料の配分を変えたり、発酵度合いを変えたり、まさに因数分解ですね。試飲してレシピに落とし込みながら、何回も試作しました」
自分なりに目標の味わいに近づいた頃、韓国からブルワリーのチームが見学に来て、森田さんのビールを試飲しました。
「これは本当にすごい、おいしいと言ってくれて。君は何年目なんだ? 僕らもこのビールを造りたい…と絶賛されて(笑)、リップサービスもあったと思いますが、プロに認められたことがすごく嬉しかったです」
ライフスタイルの変化により売れるビールの傾向も変わってきています。最近の流れの一つが、ノンアルコール、ローアルコールです。
「昔はノンアルコールやローアルコールなど、ビールの代替品的な存在で、僕らも本気で造るのに値しないと思っていました。でも、デンマークのブルワリーのビールを飲んで驚いたのです。ローアルコールなのにちゃんとビールのフレーバーがあって、すごくおいしい。通常は、発酵させることによってフレーバーやうまみが生まれる反面、アルコール度数も上がってしまう。ノンアルコールとローアルコールの造り方にはいくつかあり、ビールの味になるよういろいろな物を混ぜて香りを足すパターン、これはノンアルコール飲料になります。ローアルコールビールは、ビールを造ってから蒸留してアルコールを抜くパターンと、しっかり発酵させるけれど度数を1%以内に抑えるパターンがあるのですが、ブルワーにとっては難易度が高い後者の方法を我々は目指したのです」(福岡さん)
そして22年にリリースされたのが、アルコール度数0.7%なのに、ビールのような飲みごたえのあるフレーバーをもつ「正気のサタン」です。新しいおいしさを持つこのローアルコールビールは、翌年には全国に販路を拡大するまでになりました。
日本にエールビールを広めたいという軸はぶれることなく、着実にノウハウを積み重ねながら、おいしいビールを市場に送り出してきたヤッホーブルーイング。彼らはいま何を見ているのでしょうか。森田さんにはブルワーとして挑戦したいことがあると言います。
「最近は、海外で日本の食文化への関心が非常に高まっています。アメリカでは、日本酒の勉強をした方が国へ帰って酒蔵を開いたり、麹も人気があるんです。そんな中、今年6月にカリフォルニアのビアフェスティバルに出品することになりました。どんなビールを持っていこうかと考えて、昔、地元の酒蔵さんからいただいた米麹と酒粕でビールを造ったことをふと思い出しました。今年はそれをリバイバルして持って行こうと思っています」
ビール先進国がお手本だった時代は過ぎ、いま問われるのは自分たちのビールとは? ということなのかもしれません。これまでビールの原材料はすべて輸入していたのですが、22年発売の「山の上ニューイ」には信州産のホップが使われています。森田さんは続けます。
「クラフトビールメーカーとしての認識を変えないといけない時代になっているのかもしれませんね。まだまだ難しい課題ですが、自分たちのアイデンティティとして、オール長野の原材料を使ったクラフトビールをいつか造れたら。もちろん、一社だけでできることではありません。地元のネットワークをもっと強くして、夢を叶えてみたいです」
後編ではクラフトビールができるまでの製造工程をお届けします。
【後編に続く】
長野県軽井沢町に本社をおくクラフトビールメーカー(ブルワリー)。1997年よりクラフトビールの製造・販売を開始する。創業者は星野リゾートの星野佳路氏。現在は井手直行社長のもと、クラフトビールメーカーとしては業界最大手、ビール業界全体では大手5社に次ぐ第6位の規模を誇っている。