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おいしく長寿。魅惑の発酵王国NAGANO
「信州ワインバレー構想2.0」推進協議会・会長
成澤篤人さんが描く、NAGANO WINEの夢
2024/06/13
「信州ワインバレー構想2.0」推進協議会・会長 成澤篤人さんが描く、NAGANO WINEの夢
おいしく長寿。魅惑の発酵王国NAGANO
2024/06/13
ワイン用ぶどうの栽培地において日照時間や土壌、地形といった自然条件はとても大切です。これらに恵まれた広大な土地を持つ長野県は、2013年に、「信州ワインバレー構想」推進協議会を策定。県、市町村、商工団体、観光団体、大学等が連携してワイン振興に取り組みだしました。同年以降の10年間で、県内にはぶどう畑がどんどん拡がり、25軒だったワイナリーも約3倍の81軒となりました。いまなおぶどう栽培やワイナリー設立を目指す人たちが後に続き、活気に満ちているのです。2023年には次の10年に向けた「信州ワインバレー構想2.0」がスタート。推進協議会会長に就任したのが成澤篤人(なるさわ あつと)さんです。成澤さんも地元の坂城町(さかきまち)にワイナリー設立の夢を描き、実現した一人。その歩んだ道を振り返りながら、将来に向けNAGANO WINE(信州ワインバレー構想での長野県産ワインの名称)が目指しているものは何か、お話を伺いました。
20代から飲食企業で働いていたという成澤さん。30代で開業をしたいと考え、イタリアンのシェフである義弟の小出克典(こいで かつのり)さんと、長野市内にイタリア料理とワインの店「オステリア・ガット」を開いたのは2009年のこと。その一年前にソムリエの資格を取得した成澤さん。ワインリストには彼なりの強いこだわりが表れていました。
「フランスやイタリアのワインだけでなく、NAGANO WINEを数多く揃えました。もともとワインが好きだったのですが、ソムリエ資格を取る前は、長野県や日本ワインについてはあまり知らなかったんです。ソムリエ試験のための厚い教科書を開いても、お酒全般の話やフランス、イタリア、スペイン、ドイツのワインのことは多く書かれていても、日本ワインについては最後の2ページで触れている程度。試験問題にも出ないので重要視していませんでした。ソムリエの資格を取ったとき周りからはすごいねと言われるのですが、自分の中では単にテストに受かっただけ。実際にワインがどんな風に造られているのかは、知らないじゃないですか。これはまずいと思い、県内のワイナリーを周って勉強し始めたんです。長野県は昔から大手のワインメーカーにぶどうを供給する産地としては有名でした。でもワインについては土産店で見かけるような甘口ワインのイメージが強かったんです。でもその一方で、すごく品質の高いワインを造る老舗ワイナリーもありました。たとえば塩尻市の「五一わいん」、「井筒ワイン」、小布施町(おぶせまち)の「小布施ワイナリー」など。初めて小布施ワイナリーでテイスティングしたときは、あまりにもおいしくて衝撃を受けました。2000円以下の赤のテーブルワインでしたが、長野県にもこんなおいしいワインがあるのかと驚いたんです。そこから興味が沸き、自分が店を出すならNAGANO WINEを出していきたいと思いました」
過去を振り返ると、日本にはいくつかのワインブームがあり、バブル期(1980年後半~1992年頃)にはフランスやイタリアのワインがもてはやされた高級ワインブームが起こりました。毎年解禁日のたびにボジョレーヌーボーが話題になったのも記憶に新しいです。2000年頃からは日本ワインブームが到来、外国ワインの陰で息をひそめていた日本ワインが脚光を浴び、長野県にも追い風が吹きました。
「2010年頃から品質の良いワインを作る新しいワイナリーがどんどん増えていました。たとえば東御市(とうみし)の『リュードヴァン』『はすみふぁーむ&ワイナリー』、須坂市の『楠ワイナリー』、塩尻市の『VOTANO WINE』…など。仕入れを兼ねてよく足を運んでいましたが、みなさん苦労しながら真摯にワイン造りをされていました。そういう姿を見て、NAGANO WINEはもちろん、日本ワイン文化を構築したいという気持ちが強くなったのです。また、時々、畑で苗植えや収穫のお手伝いするのもすごく面白くて。自分もワイン用ぶどうの栽培をしたい、ワインを造りたいと思うようになったんです」
成澤さんの出身地は、北信地域と東信地域の結節点にある埴科郡坂城町(はにしなぐんさかきまち)です。気候は、国内でも屈指の小雨で晴天日が多く、昼夜の気温差が大きいことから、昔からりんごや桃、巨峰などの果実栽培が盛んでした。でも、ワイン用ぶどうを栽培している農家はまだありませんでした。
「僕の親せきに食用ぶどうを作っている農家があって、その彼もワインが好きだったこともあり、話をしたらぜひやりたいと。それで小さな圃場(ほじょう・農作地)を借りたのが2011年のこと。その年に坂城町で新町長が選ばれたんです。その新町長はもともとカリフォルニアで日本のIT関連企業の支店長をされた方で、カリフォルニアといえばワインじゃないですか。新町長の公約の一つがなんと坂城町にワイナリーを設立することでした」
成澤さんと時を同じくして、町も町営の圃場を設け、植える品種を選別するため、大手ビバレッジ企業に依頼して地質調査を行いました。その結果、この辺りの土壌は、他の市町村ではあまり見かけない、水はけのとても良い砂礫土壌(されきどじょう)であることがわかったのです。
「砂礫土壌といえばフランスのボルドー(左岸地方)と同じで、とても良い土壌なんです。その企業も圃場を確保したいと申し出たほど。ボルドーでは、カベルネ・ソーヴィニヨンを植えていたので、僕も好きな品種だったこともあり、それで勝負しようと思いました」
一般的に、ワイン用ぶどうの栽培に適した気候的な条件には、雨が少ないこと、日照時間が長いこと、一日の寒暖差が大きいことなどが挙げられます。栄養分や水が豊富な肥沃な土地より、乾燥した “痩せた土地”が適しているのです。さらに日当たりの良い斜面にあるのか、水はけの良い地質なのかといった地形や土壌も関係します。こういった産地をとり巻く自然環境を、ワインの世界では「テロワール」といい、テロワールはワインの性質や味わいに大きく影響するのです。坂城町の高い可能性を確信した成澤さんは、
「坂城町のテロワールを表現したワインを造りたい」
と強く思います。そして醸造の勉強をするために、2015年に次世代のワイナリー起業者を育てるため開校された「千曲川ワインアカデミー」(東御市)の第一期生になります。校長は、エッセイストで画家でもある玉村豊男(たまむら とよお)さん。2003年に東御市(とうみし)に「ヴィラデスト・ガーデンファーム・アンド・ワイナリー」を設立し、ヨーロッパ系ぶどうを原料とするワインを生産、日本ワイン造りに大きな影響をあたえた方でした。玉村豊男さんと出会えたことが、後に成澤さんとNAGANO WINEとの結びつきをより一層強くしていくのです。
ワインの製造を目指す人にとって、ワイナリー設立はマストではありません。長野県では、ワイナリーを持たない小規模な生産者も多く、彼らは委託醸造(ぶどうをワイナリーに持ち込んで醸造や販売を委託するシステム)によって自社のワイン造りをしていました。ワイナリー設立には酒税法で定めた免許が必要で、免許取得のためには最低製造数量の年間6千リットル(ワイン約8千本)の製造という高いハードルがありました。ただしその軽減制度として、「ワイン特区」があり、市町村ごとに認定されれば最低製造数量は年間2千リットル(約3千本)まで引き下げられます。
「大きかったのは、坂城町や東御市を含む8市町村(現在は10市町村)が、広域エリアの『千曲川ワインバレー(東地区)ワイン特区』に認定されたことです。僕らの所有する畑では、2015年頃から収穫ができるようになっていました。でも、どう計算しても2千リットルには届きません。町の畑の方も順調に収穫できるようになっていましたが、畑の管理者は公募で募った一般人に委ねていて、選ばれたのが僕の友人でした。彼とは以前からいつか一緒に会社をつくってワイナリーをやりたいね、なんて話をしていました。僕らの畑と町の畑を合わせると年間2千リットルに届くんです。町の畑は2017年でいったん区切りになる予定でした。それなら僕らに引き継がせてくださいと申し出たんです。資金、販売先、設備や施設についての事業計画もしっかり立てて…もちろん醸造スタッフについてもです」
ワイナリーの要となる醸造士を探し始めた頃、知人を介して出会ったのが、アメリカ・ナパバレーのワイナリーで12年間醸造を行っていた、ハワードかおりさんという女性でした。
「本当に幸運でした。彼女が旦那さんとお子さんと帰国して、子育ても日本の田舎でしたいと考えたタイミングと偶然にも一致して、僕らと一緒にやってくださいとお願いしたんです」
「オステリア・ガット」から始まった成澤さんの店も、その時には3店舗になっていました。ワイナリーにレストランを併設することも決まり、ワインの販売拠点もできていました。2017年末、信濃毎日新聞に大きく掲載されたのは、「坂城町に初のワイナリー開設」の見出しと成澤さんの写真でした。そして2018年より、ワイナリー「坂城葡萄酒醸造」とレストラン「ヴィーノ・デッラ・ガッタ サカキ」がスタートしたのです。
ワインのラベルはエチケットともいいます。エチケットとはフランス語で荷物の中身が何なのかを示す「荷札」という意味だそうです。つまり、エチケットを見れば、ワイナリー名、生産者名、ヴィンテージ(収穫年)、格付、度数などがわかるというもの。でも、成澤さんのワインのエチケットには、あえてそれらが記載されていません。
「ワインの情報はすべて裏面に入れているんです。すると棚などに並んでいるワインを買うときに皆さん裏側を見ようとして必ず手に取られます。逆に表に情報が全部あると手には取られないと考えたわけです」
文字の代わりにラベルの表には、坂城町出身の現代アーティストで、神獣などをモチーフにした作品で知られる小松美羽(こまつ みわ)さん、長野県の画家・OZ- 尾頭- 山口佳祐(やまぐち けいすけ)さんによる絵画が描かれていました。お二人とも海外でも高く評価されているアーティストです。小松さんのラベルには猫が二匹並んでいます。なぜ猫なのでしょう?
「小さい頃から僕もシェフの小出も猫が大好きだったからなんです。店名もワイン名も猫で行こうと! 1号店の『オステリア・ガット』(現在は『ネコノワイン』に改名)は“オス猫” 、2号店のフランス料理店『ラ・ガッタ』は“メス猫”、3号店のパン店は『粉門屋仔猫』。ワイナリー併設レストランの『ヴィーノ・デッラ・ガッタ』は”猫のワイン“という意味です。ワイン名も、「猫じゃらし」(ソーヴィニヨン・ブラン)、「猫なで声」(メルロ)、「猫パンチ」(カベルネ・ソーヴィニヨン)…とみんな猫にちなんでいます」
魅力的なエチケットアートにも驚きますが、愛らしいネーミングにも親しみを感じますね。
ヴィーノ・デッラ・ガッタ サカキのレストランに入ると、すぐに目に飛び込んでくる迫力のある小松美羽さんの作品。
2013年に長野県によって策定された「信州ワインバレー構想」。推進協議会の初期会長は、あの玉村豊男さんでした。また、成澤さんも同会の発足当初からある役割を担ってきました。
「信州ワインバレー構想には、大きな柱が3つあって、産地の形成、価値の向上、もう一つがプロモーションなんです。そこで僕が、『NAGANO WINE応援団』という団体をつくり、プロモーション活動を担当したんです。ワインのイベントを企画したり、試飲会や勉強会を行ったり…いろいろなことをしました」
たとえば、「NAGANO WINEフェスin東京」は2014年から2020年まで(2020年以降は中止および開催地変更)毎年開催され、会場には数十社のワイナリー、ヴィンヤード(ぶどう生産者)関係者、試飲をする来場者であふれ、チケットも完売したそうです。
長い年月、常にNAGAO WINEの将来を信じ、その魅力を伝えてきた成澤さん。自身の事業だけでなく、NAGANO WINE全体の発展に尽力し続けたことは誰もが認めるところでした。玉村豊男さんからバトンを受けて、成澤さんは2023年に、「信州ワインバレー構想2.0」の会長に就任したのです。
最近、成澤さんは「発酵バレーNAGANO」とも連携し、面白い試みをしました。長野県立大学の学生を対象に、長野県の食材を使った料理と、NAGANO WINEや日本酒を一緒に楽しむ食事会に、長野県の食についての勉強会を組み合わせたイベントを開催したのです。
「長野県ってすごくいいな、おいしいものがいっぱいあるんだなということを、発信力のあるこれからの若い世代にも伝えていきたい。そして彼らのうちに将来、長野県の食の文化を継承してくれる人がいたら嬉しいですね」
左から:長野県産の素材や調味料を使った前菜&真澄スパークリング(真澄酒造/諏訪市)、
野沢菜漬けとアトリエドフロマージュ 4種のチーズリゾット&猫⽬⽯(坂城葡萄酒醸造/坂城町)、
赤穂産牡蠣のスパゲッティーニと神渡 純⽶新酒無濾過⽣原酒(豊島屋/駒ケ根市)、
信州ポーク肩ロースの赤ワイン味噌煮込み
赤キャベツの酢漬け&SEILメルロ+カベルネ‧フラン(GAKUFARM & WINERY/松本市)
「今後、取り組んでいきたいのは、ワインツーリズムと他産業との連携ですね。たとえば、ワインだけで信州にお客さんを呼ぶことはまだ難しいと思うんです。特に海外の方には、日本酒や味噌、醤油といった健康的な発酵食品の文化があって、自然が豊かで、気候が良くてという中で、ワインも飲んでみたら意外においしい!という風に。僕らはやっと1万本クラスのワイナリーになりましたが、1万本って実はとても小規模なんです。新しいワイナリーではまだ三千本クラスも多いので、輸出よりいかに現地にいらっしゃったときに飲んでいただけるかです。
長野県はワイン産地としては新興なので、山梨県の甲州のような伝統的品種がないんです。自分が好きなぶどうがあれば、ぶどうにあった土地を選べばいいし、ここでやりたいと思った土地があれば、その土地にあったぶどうを選んだりできる。いろいろな人たちがそれぞれの思いで、個性的なワインを造っています。栽培しているぶどう品種も多いし、産地としてもすごく面白いんですよ。日本酒の蔵もたくさんありますし、観光の方の一番の目的が日本酒だったとしても、ワインにも目を向けていただくことは可能だと思うんです。
いま、国内のワインといったら山梨県が上がりますよね。山梨県にできたことは長野県にもできると信じています。ワイナリー数だけでみたら長野県は5年後には確実に国内1位になっているはず。10年後には、10人にアンケートをとり長野県のイメージを尋ねたら、そのうちの何人かが『ワイン』と答えてくれるような産地にしたいと思っています」
2009年、義弟の小出克典さんとともにイタリア料理店「オステリア・ガット」を長野市内に開店。2011年に坂城町にワイン用ぶどうを植樹。2013年、「ラ・ガッタ」「粉門屋仔猫」を開店。同年、「NAGANO WINE応援団運営委員会」を結成し、初代代表となる。2015年に「千曲川ワインアカデミー」の一期生となる。2017年、坂城町に坂城葡萄酒醸造株式会社設立。2018年、ワイナリー併設のレストラン「ヴィーノ・デッラ・ガッタ サカキ」を開店。2023年「信州ワインバレー構想2.0」推進協議会・会長となる。
レストラン