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ゆたかな暮らしの歳時記
夏本番を迎える前に
調子を整え、英気を養う「半夏生」
2024/06/20
夏本番を迎える前に調子を整え、英気を養う「半夏生」
ゆたかな暮らしの歳時記
2024/06/20
「半夏生(はんげしょう)」という言葉を聞いたことがあるでしょうか。現代の暮らしでは、あまり耳馴染みがなくなっていますが、古くから季節とともに生活してきた人々にとって、大切な節目の時期とされてきました。今回は、この半夏生について食文化研究家の清絢(きよしあや)さんに教えていただきました。
一年の気候の変化を表した「二十四節気」「七十二候」は、古代中国で生まれ日本に伝わりました。「半夏生」とは、七十二候に基づく呼び名です。二十四節気とは、一年を春夏秋冬の4つに分け、さらにそれぞれを6つに分けたもの。よく知られる「春分」「立秋」などは、この二十四節気に基づく暦の呼び名です。二十四節気の各一気(約15日間)をさらに三等分し、一年を72に分けたものが七十二候です。「半夏生(はんげしょう)」はこの七十二候のひとつで、二十四節気である夏至の期間のうち末候にあたり、だいたい7月1日から6日頃の5日間を言います。また、日本では農事の目安にされる「雑節」のひとつにも数えられており、かつては夏至から数えて11日目、現在は太陽が黄経100度を通過する日で、例年7月2日頃のことです(2024年は7月1日)。
「半夏生は、特に田畑をつくる人々にとって大切な節目とされてきました。夏至の頃は農繁期にあたります。古くから『半夏半作』といって、この日までに田植えや農作業を終えないと秋の収量が減ってしまうと考えられ、半夏生までは忙しく働いたものでした。ですから、農作業がひと段落した半夏生には、つかの間の休息をとることが習慣になっている地域が多くあります。中には『さなぶり(田植えを終えたお祝い)』をしたり、5日間の休みを取る地域も。半夏生を過ぎると本格的な夏が訪れますし、疲れを癒すタイミングとしてはピッタリだったのでしょうね」と清さん。
半夏生の語源は、カラスビシャクというサトイモ科の植物に由来しています。このカラスビシャクの球茎は、乾燥させると生薬になり「半夏」という名前で漢方薬として中国から持ち込まれました。平安時代の資料にも「半夏」はしばしば登場します。カラスビシャクは、夏至を過ぎた頃に開花するため、“半夏が生ずる季節”ということから、七十二候のこの時期が「半夏生」と呼ばれるようになったと考えられます。
「我が家の庭にもカラスビシャクが生えてくるのですが、春から葉を出し始め、夏の盛りになると一気に伸びてきます。カラスの柄杓という名前の通り、仏炎苞という独特な形の花をしていますが、庭先で見かけると、季節の移ろいを知らせてくれているようで、少しうれしくなりますね」。
節目は、古くから邪気を払う日ともされてきました。季節の変わり目に意識を向け、健やかに暮らすことを願って、さまざまな風習が受け継がれてきたのです。半夏生にもいろいろな伝承が伝わっています。
「『半夏生には毒の雨が降るので野菜を収穫して食べてはいけない』『半夏生以降、筍に虫が入るので、食べてはいけない』という言い伝えがあったり、中には『魔物が来て井戸に毒を入れるので、井戸に蓋をしなくてはいけない』といったものがあるなど、さまざまな禁忌が伝わっています。半夏生は、農耕を慎む日、また夏本番を迎える季節とあって、食に気をつけるようにという意味もあったのでしょう」
また、邪気を払ったり英気を養ったりするために、半夏生の頃においしくなる食べ物を食べる風習も各地に残っていると清さんは言います。
「例えば、半夏生の季節は麦の収穫期。収穫したばかりの小麦を用いてだんごやまんじゅうをつくる地域があります。たとえば、岐阜県では、この頃に『半夏まんじゅう(はげまんじゅう)』というミョウガの葉で包んで蒸したおまんじゅうを食べます。高知県でも、岐阜と同じようにミョウガの葉で包んだ『半夏だんご』という餡入りの小麦団子が作られます。奈良県の『半夏生餅』、香川県の『はげだんご』など、日本各地に半夏生にゆかりのある小麦のだんごやまんじゅうが受け継がれています。香川県の香川県製麺事業協同組合は、半夏生を『うどんの日』と制定したそう。これは、かつて麦農家が農作業を手伝ってくれた人々に、収穫したばかりの新麦でつくったうどんを半夏生の日に振る舞った風習によるものだということです」
また、大阪にも半夏生にちなんだ餅があるそうです。
「大阪では、新小麦と餅米を半分ずつ合わせてついた餅を作ります。これにきな粉をまぶして食べるのですが、その名前がおもしろく、中河内エリアでは『よしんば』、南河内のほうでは『あかねこ』などと呼びます。つくるものや呼び名は違えども、各地で田畑の恵みに感謝を込めて、日々の健康を願い、半夏生を過ごしてきたのでしょうね」
半夏生の頃、旬を迎えるもののひとつに、タコがあります。
「大阪湾や泉南沖は古くからタコ漁が盛んで、半夏生の頃に最盛期を迎えます。この時期のタコは、『麦わらダコ』とも呼ばれ、一年で一番おいしいとされてきました。またタコには、タウリンという栄養素が豊富に含まれているため、農家の人々にとっては、田植えの疲れを癒す食べ物であり、『植えたばかりの稲がタコの足のように、しっかりと根を張って豊作になるように』という思いも込めて、この日に小麦餅とともにタコを食べる習わしが広がっていったようです」
近年は、スーパーマーケットなどで、半夏生にタコを食べようというキャンペーンを展開しているところも増えてきました。夏の盛りにタコを食べる習慣は、さらに身近なものになっていくかもしれません。
また、福井県の一部の地域、とくに福井県大野市などの山間部で、半夏生にサバを食べる習慣があると、清さんは言います。
「福井県では、半夏生になると『浜焼きサバ』『半夏生サバ(はげっしょさば)』などと呼ばれる、串に刺したサバの丸焼きが店頭に並ぶ地域があります。江戸時代、大野では半夏生になると農作業を休みにして、疲れた体を癒やし、暑い夏を乗り切ろうと浜焼き鯖を食べる習慣が生まれました」
山間部にも関わらず、サバを食すのが盛んなのはどうしてでしょうか?
「江戸時代、若狭ではサバがよく獲れました。それらのサバは、鯖街道を通じて、京都へと運ばれていたことはよく知られています。内陸にあった大野藩ですが、越前海岸沿いにも飛び地の領地を持っていました。そのため、大野の山間部にもサバを運ぶことができ、半夏生の風習につながったと言われています」
近年、なかなか意識することの少ない「半夏生」。しかし、暑い夏を迎える前に、栄養のあるもの、旬のものを食して体の調子を整えてきた古の人々の習慣は、現代に生きる私たちにも役に立つのではないでしょうか。今年の半夏生は、タコやサバなどを食し、本格的な夏に向けて準備してみてはいかがですか?
食文化研究家
食文化研究家
大阪府生まれ。専門は食文化史、行事食、郷土食。主な著書に『ふるさとの食べもの』(共著、思文閣出版)、『食の地図』(帝国書院)など。近著に『日本を味わう 366日の旬のもの図鑑』(淡交社)がある。一般社団法人和食文化国民会議 幹事。農林水産省、文化庁、観光庁などの食文化関連事業の委員を務める。