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おいしく長寿。魅惑の発酵王国NAGANO
澄み切った空気、清らかな水。
自然豊かな地が生む最高品質の「酢」
2024/09/12
澄み切った空気、清らかな水。自然豊かな地が生む最高品質の「酢」
おいしく長寿。魅惑の発酵王国NAGANO
2024/09/12
中央アルプスと南アルプスの谷合に位置する長野県飯島町。谷といえども標高は740m あり、澄んだ空気と清らかな水、豊かな自然に恵まれた地です。その雄大な山々に見守られるかのように連なる赤い屋根と白い壁の棟。酢の専門メーカー、内堀醸造のアルプス工場です。創業は明治9年(1876年)。岐阜県加茂郡八百津町にある本社工場とこちらの2拠点で商品の製造をしています。玄関横ロビーの棚には米酢、黒酢、すし酢、穀物酢のほか、フルーツビネガー、ワインビネガー、バルサミコ酢など、さまざまな商品が並んでいます。でも棚に置かれているのはほんの一部。小売り用商品は800種類以上もあり、その内約200種類を同工場で製造しているそうです。同社の酢と酢造りの特徴について、工場長の杉江毅(すぎえ たけし)さん、営業企画部の松田絵里香(まつだ えりか)さん・澤田真希(さわだ まき)さんにお話を伺いました。
内堀醸造という社名には「酢」の文字がないことから、社名を聞いてすぐに酢を造られている会社だとはわからないかもしれません。でも、日本にいるほとんどの人が内堀醸造の酢を味わったことがある、といっても過言ではないでしょう。
「酢は基本の酸味調味料ですから、弊社の酢はマヨネーズやソース、ケチャップ、ドレッシング、麺つゆ…といった、さまざまな他社の食品にも多く使われております。また、自社ブランドに加えて、スーパーなどのプライベートブランドなども幅広く手がけております」
と杉江さん。現在、酢を造っている会社は日本で100社ほどあり、トップの5社で生産シェアの約7割を占めているそうです。内堀醸造は第3位。しかも、これだけの規模で酢を専門にしている会社はほかに見当たりません。
創業当時は、酢の他に味噌、たまり醤油なども製造していました。酢の製造を専業にしたのは昭和40年(1965年)頃からです。戦後は物資不足から合成された酢が多かったそうですが、内堀醸造では昔から醸造酢造りにこだわってきました。
「酢という字は酒へんに作ると書きますが、その通り、酒を酢酸(さくさん)菌で酢酸発酵させて造るんです。私たちは、創業時より『酢造りは酒造りから』という考え方を大切にしており、たとえば米酢であれば、米を精米するところから行い、米麹造りも酒造りもすべて自分たちで行います。いろいろな調合資材を使って商品ラインナップを増やすのではなく、醸造技術そのものを高めて、酢の品質を追求することが他社との差別化につながると思っています」
醸造酢の製造では、原料の酒を購入して行っているところもあるなか、こちらではベースになる酒のもろみ造りをていねいに行っています。たとえば、米酢なら日本酒もろみ、黒酢なら玄米酒もろみ、ワインビネガーならワインもろみ、りんご酢ならアップルワインもろみという風にです。
伝統的な酢の製法には、静置発酵(せいちはっこう)と呼ばれる方法があり、表面発酵ともいいます。これは、大きなかめやタンクに種酢(たねず・できあがった酢)、もろみなどを加えてそのまま置き、酢酸菌の力のみで発酵させる方法です。空気を好む酢酸菌が液体の表面を覆うことで発酵が起こり、発酵熱による対流で発酵が進みます。発酵期間は2、3カ月。その後、熟成に6カ月以上かかります。岐阜の小さな醸造工場だった内堀醸造も、最初はこういった製法で酢造りをしていたそうです。
「3代目(現会長・内堀信吾氏/うちぼり しんご)は93歳になったいまも元気に研究をし、毎日酢のことばかり考えているような人です。会長が現場で酢造りを行っていた時代、静置発酵で酢を造る際、味や品質にばらつきが出ることもあり、ひやひやしながら造っていたと聞いたことがあります。もっと安定したものをお客様に提供したいという思いから、より品質の良い酢を製造する方向を模索していました。会長は新しい技術や機械類にも造詣が深く、その頃、世界の醸造現場では、液の中に空気を送り込んで発酵を行わせる通気発酵(全体発酵)という新しい発酵技術が開発されていました。この技術にいち早く注目し、『これからはこういうものを導入して酢造りをしていかなければいけない』とドイツから機械を取り入れたんです。このことは大きな技術革新につながったと思います。酢酸菌は空気を取り込んでアルコールを酢に変えていくわけです。空気を効率良く取り込める環境を作ってあげることで、酢酸菌が純粋に増え、結果的に早く品質の良い、きれいな酢ができるという仕組みです」
内堀醸造の本社工場のある岐阜県八百津町は、江戸時代から水運で栄えた歴史があります。北側には飛騨川、中央には木曽川が流れるまさに水の街です。2006年に設立されたアルプス工場の立地で決め手となったのは、本社工場同様、水の豊かな地であったことです。
「ここに工場を造る際も、契約をする前に、まず井戸を試掘させていただきました。水の量や水質をしっかり確認して、ここに決めたわけです」
150メートルの地下からくみ上げるアルプスの伏流(ふくりゅう)水は、精密ろ過をするだけでそのまま製品に使えるほどきれいな軟水でした。また工場の敷地だけでなく、周囲の山々の一部を購入し、森林を保全することで酢造りに必要な風の通り道も整備。豊かな自然が生む澄んだ空気も酢の品質に影響するからです。
「麹菌、酵母菌、酢酸菌…。酢造りの主役は微生物です。豊かな水と空気、そして、微生物がはたらきやすい環境が大切です。私たちの仕事は、常に発酵に最適な環境を用意すること。日々、温度管理や工程管理、顕微鏡での観察など、微生物とコミュニケーションをとる思いで環境を整えているんです」
アルプス工場の床面積は1万4,245㎡。工場内はとても広く2階建ての部分もあります。醸造室、原材料置き場、酒造りを行うもろみ室、熟成室などエリアが分かれていて、その間を移動するのも結構な距離を歩きます。
「現在、工場には50名の社員がいまして、全員毎年健康診断を受けていますが、その結果もわりと良好なんですよ。よく酢を摂るからかもしれませんが、工場内の行き来がちょうどいい運動になっているのかもしれません(笑)」
食品安全に関する国際規格であるISO22000、FSSC22000を取得しているという工場は、非常に清潔感があり、ホコリやゴミなどもまったくありません。掃除も毎日、社員自ら行っているそうです。年間の酢の製造量は年間1800万リットルにものぼるだけあり、特に醸造蔵の大きなタンクが林立する様子はまさに圧巻です。
「できたばかりの酢はまだツンとした感じがあるのですが、熟成工程をしっかりとることで、かどが取れて、まろやかな酸味になるんです。容量8万6千リットルの熟成タンクが64本、別の建屋に15本、さらに22本で計101本あります。これだけ熟成工程を大事にしているメーカーも非常に珍しいといわれています」
そして面白いのは通称「だし室」と呼ばれている部屋があること。中には大きな釜が並び、材料の北海道産の利尻昆布や、鹿児島は枕崎製造の鰹節が山積みになっています。
「昆布は切るところから、鰹節は蒸して削るところから行って、毎日だし汁をとっているんです。だし汁に酢、砂糖、塩などを混ぜてすし酢へ、醤油や柑橘果汁を加えてぽん酢などへと調合しています。業務用のだしエキスなどを使わずに、こうやってだしをとった方がやはりおいしいですから」
内堀醸造の歴史の中にはいくつもの逸話があります。その一つは日本ではじめてワインビネガーを製造したというエピソード。会長が若かりし頃、世界で一番使われている酢が「ワインビネガー」だと知り、まだ日本になかったこの酢造りに挑戦。必死になって造りあげると、味のわかる人に評価してもらうため、東京の帝国ホテルの高名なフレンチシェフに会いに行かれたそうです。シェフはアポなしにもかかわらず、岐阜の若い醸造家が造ったワインビネガーを褒めてくださったとか。以来、いまでも帝国ホテルのポテトサラダには内堀醸造の白ワインビネガーが使われているそうです。
また、新しい価値観で酢の業界にブームを起こしたことも。2003年にJR名古屋タカシマヤに「ビネガー専門店 オークスハート」1号店をオープン。調味料としての酢から「飲む酢」を提案、「デザートビネガー」というジャンルを確立したのです。「酢ムリエ」として、蝶ネクタイ姿で率先して広報活動をしたのは、当時常務の内堀光康(うちぼり みつやす)氏でした。以来、飲む酢ブームが起きたのは記憶に新しいと思います。
「ワインビネガーの時は、ぶどうを搾る機械を購入して、自分たちで圧搾から行ったんです。そんな風に新たなことに挑戦する気風と製品へのこだわりは、会長時代からです。そのDNAを受け継いで、商品の品質向上に高い意識をもっている社員が多いですね。よく、社員同士『このお酒の酢ってまだ市場にないよね?』なんて会話をしています。酢はお酒からできるので、まだ酢になっていないお酒があると気になるんですね(笑)。もちろん、提案をしたらすぐに造れるのも強みです。たとえ失敗したとしても、それは知見として蓄積します。探求することが大切なんです。私たちは酢の専門メーカーなんですから」
800種類以上あるという商品のアイデアは、酢の専門メーカーとしての誇りとチャレンジ精神から生まれていたのですね。
①美濃特選味付ぽん酢
著名人がTV番組で紹介して話題に。ぽん酢はこれでなければというハマる人が続出している人気商品です。
②臨醐山黒酢(りんこさんくろす)
名称は、本社のある岐阜県八百津町の「臨滹山大仙寺(りんこさんだいせんじ)」に由来。おだやかな酸味、旨みや甘みを感じる深い味わいです。
③純米大吟醸酢
国内で数台しかないダイヤモンドロール精米機で丹念に米を精米し、米と米麹で丁寧に熟成させた純米大吟醸酢。
④フルーツビネガー 有機りんごの酢
自社で発酵させた有機りんご酢に果汁を加えて飲みやすくした商品。お酒で割ってもよし。ヨーグルトにかけてもおいしいです。
⑤フルーツビネガー 白ぶどうの酢
自社で発酵させて造ったぶどう酢にマスカット、シャルドネ、ソーヴィニヨンブランの果汁を加えた華やかな風味の酢。炭酸割りやドレッシングに。
⑥オリーブオイルによく合うビネガー
さわやかなぶどう酢に厳選した5種のハーブを漬け込みました。オイル&ビネガーでサラダをもっとおいしく!
酢はからだに良いので料理に取り入れたいけれど、酸っぱさが苦手という方はいるかもしれません。営業企画部の松田絵里香さん・澤田真希さんに毎日の食卓に酢をどんな風に取り入れたらいいのかお聞きしました。
「実は調理の際、酢を入れすぎてしまう方が多いんです。すると酸味ばかりが際立ってしまって『酸っぱい!』となってしまいます。酢は少量を“隠し味”として使うことで、いつもの料理をもっとおいしくすることができます。たとえば、ミネストローネやポトフのようなスープに入れていただくと味が引き締まり、チーズリゾットなどのチーズ料理に使っていただくと、チーズの香りが立って、メリハリとコクが出ます。また、スパイスやハーブとも相性がよく、香りを引き出してくれるので、ハーブ焼きグリルやカレーなどにもおすすめですよ」
酢は酸味が感じない程度に“加減して使う”のがコツのようです。なるほどそれなら続けられそうです。醤油差しなどに入れて食卓に置くのもいいかもしれません。
そしてガッツリ系の料理や中華の隠し味にもってこいなのが、臨醐山黒酢です。この黒酢がおすすめというのは澤田さん。
「魚のフライや鶏の唐揚げなど揚げ物のタレに黒酢を少し加えていただければ、タレにコクと酸味が加わり、揚げ物がさらにおいしくなります。八宝菜などの中華の炒め物にもぴったり。臨醐山黒酢のまろやかな酸味がコクを引き出し、麻婆豆腐などの辛味もさわやかにしてくれます。黒酢に限らず、酢には様々な種類があり、元の原料も味わいも違います。さっぱりとしたものからまろやかでコク深いものまで、お好みの味や料理によって使い分けるのも楽しいです。まずはいつもの餃子やラーメン、サラダなどにちょっとかけて、日々の生活に酢を取り入れてみてください」
おいしさUPだけでなく、酢にはいろいろな効果が。松田さんは、
「たとえば、鶏手羽などの骨付き肉を使った煮込み料理などに入れていただくと、骨がはがれやすくなって食べやすくなり、体内へのカルシウムの吸収も良くなるんですよ。
また、私はいつも作り置きをたくさんしているのですが、サラダやあえ物、焼きびたし、鶏肉のさっぱり煮など、お酢を入れることで日持ちも良くなります。さらに、煮物やマリネなどの野菜の発色も良くしてくれるので、食も進むのではないでしょうか」
そんな松田さんのおすすめは、フルーツビネガーです。
「弊社のフルーツビネガーは果汁から酢を造ることで、さわやかな香りときれいな酸味で酢独特のツンとした匂いがないのが特徴です。水や炭酸で割って“飲む酢”として召し上がってほしいです。また、牛乳や豆乳で割っていただくのもおすすめです」
酢は唾液や胃液の分泌を促進するので、消化吸収も助けてくれるそうです。酢で、毎日、おいしく健康に食事を楽しみたいですね。
杉江毅さん/アルプス工場長
2000年に入社後、製造現場各所で職務を行いながら設備について学ぶ。2006年のアルプス工場設立に伴い、建設運営委員内の1人として工場の建設、設備の設計にも携わる。毎日のお風呂上がりのりんご酢ドリンクが日課。
松田絵里香さん/営業企画部 ブランド戦略課
商品開発課、営業部を経て、ブランド戦略課へ。企業や商品のブランディングに携わる。SNSやHPなどにて企画を立案し、より多くの方々に情報を発信している。また、自社ブランド商品の開発にも携わっている。酢を使った作り置き料理が得意。
澤田真希さん/営業企画部 ブランド戦略課
総務課、マーケティング部を経てブランド戦略課に。商品パッケージのデザインや表示の校正に関わる業務を担当。松田さん同様、SNSの運用にも携わり、会社や自社商品についても情報を発信。お風呂上りにフルーツ酢や黒酢をその日の気分に合わせて水や炭酸、牛乳で割って飲むのが好き。