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高校でありワイナリー
塩尻志学館高校の生徒が造るワイン

2024/09/19

高校でありワイナリー塩尻志学館高校の生徒が造るワイン
高校でありワイナリー塩尻志学館高校の生徒が造るワイン

長野ワインの発祥の地といわれる塩尻市。塩尻・桔梗ヶ原(ききょうがはら)地区は、「桔梗ヶ原ワインバレー」とも呼ばれ、17ものワイナリーが点在するワインの名産地です。この地で、1943年に果実酒類製造免許を取得し、生徒たちによってワイン造りを手掛けているのが、長野県塩尻志学館高等学校(以下塩尻志学館高校)です。ブドウの栽培から醸造まで学べる授業があり、生徒たちは、学びながらワインを製造しています。その希少なワインは、国産ワインコンクールでも受賞するほどで、味、品質ともに高い評価を得ています。いったい生徒たちはどのようにワイン造りを行っているのでしょうか。授業の様子を取材させていただくとともに、担当教員の田中滋康(たなか しげやす)先生にお話を伺いました。

多様性に対応するカリキュラム
その中の1つがワイン講座

よく晴れた7月のある日、塩尻志学館高校の敷地内にあるブドウ畑では、まだ色づく前の黄緑色のメルロがその房を垂らしていました。この実が黄緑色から薄紫色へ、濃い赤紫へと色も大きさも変化して収穫を迎えるのはまだ1カ月ほど先のようです。
この日は、栽培実習の日で、校舎の渡り廊下の一角にある小さなホワイトボードの前に約20名の生徒が集まり、実習についての先生からの説明をしっかり聞いています。生徒たちはTシャツに短パンの軽装から、つなぎに帽子、アームカバーなど日焼け対策重視の服装など、思い思いの作業姿。でもどの生徒も、身に着けたウエストバックなどの中に使いこまれた剪定鋏(せんていばさみ)などの工具類がぎっしり。「お、やるな」と思わせるいでたちです。彼らは、農業科学系列の中からさらに、「ワイン製造」という講座を選択した生徒たちだそうです。同校ではどんなカリキュラムを行なっているのでしょうか。
「総合学科では、国語や英語、数学などの普通科目に加え、2年生からは、商業、福祉、農業などの専門科目が選択できるんです。たとえば、農業なら農業科学系列といって、果樹や花、野菜などと、さらにいろいろな科目に分かれています。私たちはそれら通年性のカリキュラムを “講座”と呼んでいて、『ワイン製造』もその一つです」
と説明するのは同講座の担当教員である田中先生。数名の担当教員らと共にブドウの栽培からワインの醸造まで一貫した授業を受け持っています。
ちなみに講座数は100以上。『ワイン製造』の定員は2年と3年で計60名ほど(全生徒数は約590名)で、とても人気があるため抽選によって人員を決定しているそうです。一般的な高校が「文系」か「理系」で分かれるところ、適性や興味、関心に沿って科目を選べる、塩尻志学館高校のきめ細やかなカリキュラムはユニークかつ魅力的といえます。

今日行う作業について、ホワイトボードを使って、生徒にポイントを説明する田中先生。
栽培実習には先生2名であたられていました。

ブドウ栽培の苦労と面白さを、
生徒は身をもって体験する

田中先生から熱中症に対する注意が促された後、いよいよ実習開始です。生徒たちは踏み台などを手に畑に移動しました。ブドウの畑は2か所あり、どちらも敷地内にあります。畑の広さは合わせて33a(アール/1a=110mの正方形)あり、年間の収穫量は、56t (トン)。栽培しているブドウ品種はメルロ、カベルネ・ソーヴィニョン、コンコード、シャルドネ、ナイアガラ、甲州で、そのうちの7割が、塩尻のワインを代表する品種であるメルロだそうです。
畑の形状は2種類。一つは「棚」で、畑内にいくつかの支柱を立て、天井にワイヤーを張って枠組みを作り、ブドウの枝を誘引します。もう一つは「垣根」で、支柱を垣根状にし、一列に植えられたブドウの樹をワイヤーで支えています。今日は、棚での実習だといいますが、どのような作業をされるのでしょうか。

左:学校の敷地内に設けられたブドウ畑に向かう生徒たち。
畑は2か所あり、合わせると33aでワイナリー所有の畑としては十分な広さだ。
右:「垣根」のブドウ畑。

「今日はメルロの笠かけを行います。笠かけとはブドウの房に傘のような形をした紙をかける作業で、病気や害虫からブドウを守る効果があります。生徒たちには個々にブドウの樹が割り当てられ、樹には名札がかけられ、各自が責任をもって管理をしています。ずっと同じ樹を世話するので愛着も出てくるようです。講座がない時でも畑に出向いて世話をしていますね。いいワインを造る決め手になるのは、原材料のブドウが8割を占めるんだよといつも伝えているので、みんな真剣そのものです」
畑に入ると、1本の樹から天井を這うように主枝(しゅし)が一定方向に延び、ブドウの房が主枝に連なるように実っているのがわかります。
「これは、“スマート方式”といって、ブドウの樹の主枝を南北に伸ばし、側枝(そくし)を東西方向に間隔をあけて枝配りし、北に誘引した主枝だけに芽を残すことで、ブドウを一列に実らせる方式です。これにより高糖度な果実を省力的に生産でき、収穫量も確保できるんです」 

季節ごとにいろいろな作業を行うブドウ栽培。
生徒たちはブドウの樹の変化と成長を年間通して観察することができる。

棚の高さは約2m、手を伸ばしてようやく房に手が届くくらい。踏み台を使って作業する生徒も多いです。着々と袋がけを進める生徒もいれば、先生に何やら相談をしている生徒、自分の樹の枝を見ながら手を止める生徒も。その理由を聞くと、「ブドウの房同士重なってしまって。どちらかを落とさないとだめかな」、「このブドウに日光がうまく当たらないからどうしようかと…」などと考えていたそうです。なかには、「ブドウの房が歯抜けになってしまって」と頭を抱える生徒も。見ると枝に房がついていない箇所がありました。今年は天候の影響でダメージを受ける樹もあったようです。
「今年は雨が多かったでしょう。僕も初めて見たんですけど、多分受精時に雨が多かったので、“花振るい”といって不受精のため実にならない生理障害が所々で起きてしまいました」

左:これまでの経験をもとに生徒に指導する田中先生。
右:自分の名札がついたブドウの樹を責任もって管理する。自分の樹には愛着も沸いてくる。

また、3月に降った大雪でブドウの樹自体がつぶれたケースもあったとか。
「ブドウの栽培は自然環境との闘いですから、年中、いろいろな問題にぶち当たります。でもその都度、予測できるものには対策をして、生徒たちも自ら考えて行動しています。やっぱり、いいブドウを育てていいワインを造りたいですから」
春には樹の形を整える「誘引」、夏には不要な葉を摘み取る「除葉(じょよう)」「笠かけ」、秋にはブドウの「収穫」、冬には樹木全体のバランスをとる「剪定」……。生徒たちは一年の作業を通して、身をもってブドウ栽培の苦労と面白さを学んでいるのです。
ある生徒が嬉々とした表情で伝えてくれました。
「一生懸命手入れをして育てたぶん、すくすくと成長しますから、やりがいを感じています。成長する様子を見ていると、努力が形になっているようで、大変だけど、楽しいです」

ブドウの樹の状態を見て感じたことを生徒と共有する田中先生。
この日はブドウの葉の病気について。一枚の該当する葉を生徒に回しながら説明。

先生も生徒と一緒に
学びながら成長していく

田中先生をはじめ、講座を担当する先生陣は、実は、ブドウ栽培やワイン造りの専門家ではありません。赴任が決まったら自ら勉強し、経験を積みながら生徒への指導をおこなっているのです。
「正直、僕はまったくの素人からスタートなので、最初はヴィンヤード(ブドウ畑)やワイナリーに研修に行きましたね。プロに教わって、とにかく真似るとこから始めました。ワイン講座の担当になって7年目になるのですが、まだまだ勉強しないといけないと思っています。教育の一環でワイン造りをしているとはいえ、1943年から続くワイナリーとしての伝統や実績もありますから、しっかりとした品質を保っていかなくてはという思いがあります。本当にありがたいのは、塩尻市や地域の企業などに技術的にもサポートいただいていることですね。令和2年よりコロナ禍で研修先が国内のみになりましたが、海外のシャトー(自社畑とワイナリーを所有する製造者)の見学も実施しています。フランスのボルドー、シャンパーニュ、カリフォルニア、国内では北海道の帯広、余市、札幌、小樽などで、ブドウ畑や醸造施設の研修を実施しています。プロの造り手の方々はやはり、もの造りに対する情熱が違いますから。お話をお聞きすると生徒たちも刺激を受けて滅茶苦茶やる気が出るみたいで。帰ってくると人が違っています ()。また、メルシャンさんには年間5回くらい、特別授業をしていただいていますし、ワイナリーとしての品質管理・分析などにおいても、かなり助けていただいています。
知識や技術は身に着くけれど、生徒たちは味見ができないから不十分では? という方もいるかもしれません。でも、その分、目と鼻の感覚がしっかりと鍛えられるんですよ。ワインにとって色や香りは大切な要素ですから。卒業後、彼らが醸造の道を選んだら、きっといい醸造家になると思いますね」

校舎内に設けられた醸造施設。生徒たちは恵まれた環境の中でワイン造りに向き合える。

生徒の造る「KIKYOワイン」は
知る人ぞ知る人気ブランド

今回の取材ではブドウの栽培のみで、醸造の授業は見ることはできませんでしたが、校舎の中の醸造施設を見せていただきました。圧搾機や醸造タンクなど必要な設備が完備され、地下には管理が行き届いた熟成・貯蔵用の蔵があり、樽が並んでいます。よもや企業のワイナリーかと思うほどの充実した環境です。
一般にワイナリーとしては年間に造らなくてはならない本数の基準があります。ここでは、基準をクリアするため、「KIKYOワイン」のブランド名で、赤、白、ロゼをあわせてワインを年間約3千本以上製造しています。熟成にも時間をかけ、たとえばメルロの赤ワインは樽で1年間、瓶で1年間、合計2年間寝かせているそうです。製品としての品質管理も徹底しているのです。

塩尻志学館高校のワインブランド「KIKYOワイン」。ワインのエチケット(ラベル)には校舎が描かれている。

「もちろん、販売目的で造っているわけではないのですが、製造したワインは年に1度、7月の文化祭で譲渡会という形をとって生徒の親族や学校関連の方々、地域の方々に1本1,000円前後でお安く提供しています」
田中先生いわく、1本5〜6千円はしてもおかしくないクオリティなので、譲渡会では毎年、ワインを求める人たちで長蛇の列ができるそうです。

将来ヴィンヤードを持つのが夢という生徒。
廃棄するブドウの再利用について先生にアドバイスを受けながら自主的に研究をしている。

卒業後はどんな道に進もうと、
生徒たちの選択を尊重する

塩尻志学館高校のワイン講座は、一見ワイン製造の後継者を育てる英才教育に見えるかもしれません。ところが、卒業後の進路は生徒の自由で、必ずしもワインに関連した業界に進むわけではないそうです。
「もちろんワイナリーなどに就職が決まる生徒もいます。そこに見学に行った際、元気でやっている姿を見られるのは嬉しい限りですね。だいたい毎年数名はワイン方面に進んでいます。でも、違う道に進んでも、10代の多感な時期にブドウ栽培やワイン造りに真剣に向き合ったことは、食品であろうと、福祉であろうと、科学であろうと、違う分野でも生かせると思うんです。そしていつか、ワインの街、塩尻の歴史の中で、自分たちがその一端を担えたことを誇りに思える時が来るのではないでしょうか」
ちなみに、生徒たちが20歳になった時、彼らが造ったワインがプレゼントされるそう。生徒自ら学校に連絡して取りに来るのが決まりです。田中先生は、約2年間大切に熟成させたワインと引き換えに、少し成長した教え子に会えるのを楽しみにしているそうです。

田中滋康(たなか しげやす)さん

田中滋康(たなか しげやす)さん

田中滋康(たなか しげやす)さん

ワイン講座を担当して7年目。日々、生徒とともに学び成長し、塩尻志学館高校のワイン造りの伝統を継承している。

長野県塩尻志学館高等学校

長野県塩尻志学館高等学校

住所:
長野県塩尻市広丘高出4-4
URL:
http://www.nagano-c.ed.jp/kikyo/

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