おいしく長寿。魅惑の発酵王国NAGANO
醤油を通して、日本の食文化を
次の世代に伝承したい
2024/10/03
醤油を通して、日本の食文化を次の世代に伝承したい
おいしく長寿。魅惑の発酵王国NAGANO
2024/10/03
日本アルプスを有し、「日本の屋根」と称されるほど高い山脈がそびえる長野県。その合間にある盆地のことを、長野では平(たいら)といいます。大きくは善光寺平、松本平、佐久平、伊那平(いなだいら)の4つで、それぞれに歴史や文化が栄えてきました。最も南にある伊那平は、北は辰野町から南は南信濃村(みなみしなのむら)まで及ぶ、東西10km南北80kmの細長い谷のような地形で、「伊那谷」とも呼ばれています。そのほぼ中央・駒ケ根市にある「伊那醤油」は、伊那谷の食文化に欠かすことのできない、地域に密着した醤油造りを手掛けてきた会社です。代表取締役・米山弘(よねやま ひろし)さんにお話を伺いました。
味噌とともに日本を代表する調味料である醤油。一口に醤油といっても、日本全体の中で見てみると、それぞれの地域での味や特徴が見えてきます。醤油はその地域の食文化に寄り添ってその味を確立してきたといえます。昭和17年(1942年)に伊那醤油が設立された理由には、そんな地域の味を守ろうとした時代背景がありました。
「当時は太平洋戦争(昭和16年~20年)の統制下でしたから、醤油を造る原料の入手が非常に難しくなっていました。このままでは醤油業者が醤油を造れなくなってしまう。そこで、伊那谷の辰野町から中川村あたりまでの『上伊那』と呼ばれる地域の醤油業者16社が自発的に組合を設立して、資材を出し合って共同醸造場を造り、原料確保、生産、配給に対応するために設立した会社が、伊那醤油(当時は上伊那醤油協同醸造場)だったのです」
と語る米山さん。米山さんの会社「米山醤油酒店」も、16社の中の1社となります。「協業」といい、それぞれの会社は存続しつつも事業提携によって経営をしていく方法です。
「伊那醤油の初代社長は花岡氏といい、大正時代から辰野町で味噌や醤油の製造をしていた『花岡金春商店』(商標はマルキ印)の社長でした。ちなみに醤油を伊那醤油として別会社にして、味噌の製造に業務を絞って分離したのが『ハナマルキ味噌』さんです。その後花岡氏に代り、私の祖父が2代目となり、父が4代目、6代目が私という風に飛び石で社長を歴任しています」
メーカーの協業による会社設立は、当時ではまだ新しく、伊那市(現在は駒ケ根市)に設立された協同工場は県のモデルにも指定されたそうです。昭和24年(1949年)には、新しい製造方法も確立しました。
「大きく変えていったのは父の代からです。高度成長期でしたから日本の経済そのものが近代化へと動いていた時代。そのため、父は当時最先端の国税庁醸造試験場(現在の酒類総合研究所)に行って新しい技術を学び、それまで天然醸造だけでやってきた醤油造りを、“アミノ酸を使う新式醸造”に加えて、“速醸型”も導入し、通年製造できるようにしたんです。醤油造りといえば、まずは大豆を蒸し、小麦を炒って砕き、麹菌を入れて麹を造り、そこに塩水を合わせて諸味(もろみ)を造ります。諸味は約6カ月から1年の間、温度や湿度に気をつけながらかき混ぜるなど、ほぼ毎日、世話をしなければならず、製造者は麹造り、諸味造りに大変な労力と時間を費やしていたのです。しかも、天然醸造なので品質が安定しづらい面にも苦労していました。そこで、父は、『生揚げ(きあげ)醤油』といって、熟成が終わった諸味を搾ったものを購入する方法も導入しました。その結果、製造にかかる労力、コスト、時間などが削減でき、安価で品質も安定した醤油を地域に供給し続けることができました。もちろん職人の技術が必要な工程もありました。生揚げ醤油はそのままでは製品化できず、調合、火入れという工程を経てから出荷します。火入れは、微生物を除去するだけでなく、醤油にとって大切な色、味、特に香りを整える役割があり、温度や時間の調整など微妙な違いが仕上がりを左右します。まさに技術の差が出るところなんです。また、伊那谷で古くから親しまれてきた醤油は、『混合醤油』といって、仕上げにアミノ酸液(うま味成分)を調合して、味のバランスをとっているんです。その割合は昔ながらの伊那谷の醤油の味になるよう、かなり努力して完成させたと聞いています」
伊那醤油の商品ラインアップを見ると、製法の違いにより、「混合醤油」と「本醸造醤油」があることがわかります。生揚げ醤油にアミノ酸液を加えて火入れしたものを混合醤油、アミノ酸液を加えずに火入れをしたものを本醸造醤油というそうです。アミノ酸液とは、大豆や小麦を塩酸や酵素で加水分解して造られる液体で、食品業界で広く使用されています。加えることでうま味やコク味が生まれるそうです。
「どちらの醤油がおいしいかどうかは、個人の感覚で別れますが、伊那谷辺りではうま味が効いた混合醤油が好まれる傾向にあります。当社でも一番人気があるのが、『しらふじ』といううすくち混合醤油で、売り上げの約6割を占めています。特に11月の野沢菜漬けの頃になると出荷量が普段の何倍にもなるんです。小売店では、一度に何本も買われる方が多く、アッという間になくなってしまうそうです。この辺りでは、まだまだ野沢菜を買ってきて漬け込むご家庭が多いのですが、そのときに使う醤油がしらふじなんですね。『しらふじでなければ野沢菜漬けの味にならない』とまでいう方も少なくありません。野沢菜だけでなく、煮物、炒め物、焼き魚、冷ややっこ、卵かけごはんなど、『これ1本で何にでも使う』という方も多いです。また、ある方はお椀に乾燥わかめと麩を入れ、しらふじとお湯を加えてお吸い物にしているそうです。うま味が効いているので、だしがなくてもおいしいんですね」
混合醤油は、九州地方や北陸地方に多くみられ、特に九州の甘い醤油は特徴的で、アミノ酸液だけでなく砂糖や甘味料も加えているそうです。地域の方々に愛される味わいを造る工夫から生まれたのが、混合醤油といえそうですね。
さて、伊那谷の一般的な野沢菜漬けの作り方をご紹介したいと思います。容器に洗った野沢菜を入れ、醤油(しらふじ)をかけながら砂糖、酢を加えて漬け込み、落しぶたをして重石を乗せます。野沢菜が長いままなら10~14日、5㎝程度に切ったものなら5日ほどで食べられるそうです(野沢菜約7㎏に対し、しらふじ1ℓ、砂糖450~500g、酢約500mℓ)。
伊那醤油で社長を務める米山さんには、もう一つ別の顔があります。頭にバンダナはちまきを巻き、白衣に身を包んで出向く先は地元の学校や団体施設。米山さんは、10年ほど前から、日本醤油協会の資格である「しょうゆもの知り博士」として、地域の小中学校から高校、専門学校、さまざまな団体施設へと赴き、子どもから大人までを対象に、醤油をテーマに授業を行う活動をしているのです。
「生徒さんはとても楽しそうに授業を受けてくれますよ。やはり、醤油は何からできているのか知ってもらいたいですから、醤油の原材料(大豆、小麦、塩)が、どのように変化していくのか、醤油ができる工程ごとのサンプルを見せて触ってもらったり。諸味・諸味を搾った生の醤油・お店で売っている醤油の香りや味比べをしてもらったり。 “五感”を通して醤油を学んでいただくことを大切にしています。
でも、一番勉強になっているのは私自身かもしれません。授業を通して、醤油について実はあまり知られていないことが実感できたからです。まずは、原材料が何であるかという基本的なことも知っている人は少ないです。聞いてみると、みなさん、大豆とか塩までは出るんです。でも小麦まで出る人はなかなかいない。『え、醤油って発酵食品だったの?』と驚く方もいて、これは醤油屋にとってはショックです (笑)。一番驚いたのは、小学校3年生の授業で、『家の食卓の上に醤油差しは置いてある?』と聞いたら、一人もいないどころか、『醤油差しって何ですか?』と聞かれたんです。いまや醤油差しが死語になっているとはカルチャーショックを感じました。最近は、小さなミニボトルの醤油が当たり前ですので無理はありません。でも、逆に教えがいがありますよ」
料理をする方たちによく聞かれるのは、「醤油のこいくち、うすくちってどう違うんですか」といった質問だそうです。
「醤油は、『こいくち』『うすくち』『たまり』『さいしこみ』『しろ』の5種類に分類され、それぞれに特徴があります。使い分けできると料理が一段とおいしくなるので、ぜひ知っていただきたいですね」
米山さんにお聞きした5つの醤油と使い分けを次にまとめてみました。
こいくち醤油 最も一般的な醤油。風味とうま味のバランスがとれた万能調味料。日本の醤油の消費量の約8割。(煮物、焼き物、つけかけなどに)
うすくち醤油 関西生まれの淡い醤油。塩分はこいくちより約1割多い。(炊き合わせ、ふくめ煮など素材の持ち味を生かす料理に)
たまり醤油 トロミと濃厚なうま味、独特な香りが特徴。主に中部地方で造られる。(寿司、刺身のつけかけ、照り焼き、佃煮などに)
さいしこみ醤油 山陰地方から九州地方にかけての特産醤油。色、味、香りとも濃厚。(寿司、刺身、冷ややっこなど、主につけかけで)
しろ醤油 愛知県碧南市(へきなんし)が主産地。味は淡泊ながら甘みが強く、独特の香りで色は琥珀色。(茶碗蒸し、きしめんなどの料理をさらに薄い色に仕上げたいときに)
「醤油の魅力はおいしさだけではないんですね。たとえば、刺身や肉などの生臭さを消したり、日持ちを良くしてくれる殺菌作用があったり。焼きおにぎりやチャーハンなどで火にかけるととても香ばしくなり、食欲が出ます。塩味のきつい干物や漬け物に醤油をちょっとだけかけて食べると、どういうことかきつい塩気が抑えられておいしくなるんです。さらに醤油は、他の調味料とも合わせやすいですよね。砂糖と合わせるとすき焼きやみたらしだんごのタレ、酢なら春巻きや焼売、酢の物、みりんなら煮物やうどん、そばの汁など。かつお節やバター、マヨネーズなどと混ぜてもしっくりきます。そんな調味料はほかにありますか?これからも、醤油の魅力と特徴を伝えながら、食生活の楽しさを広めていきたいですね」
確かに醤油がこれほど万能で、すぐれた性質を持つ調味料だということを再認識すべきかもしれません。しょうゆもの知り博士の授業を通して得たことは、米山さんにとって、地域のことだけでなく、日本人の将来の食生活を考えるうえで、意義のあるものになっているようです。
「和食が2013年、ユネスコの人類無形文化遺産に登録されました。和食は、一汁三菜に代表される、日本人が本来続けてきた普段の食生活。私はむしろ、そのようなものに登録されるということは、存続が危ぶまれているんだと感じています。一汁三菜は、ごはんと味噌汁に煮物などのおかずを組み合わせた形です。味噌汁やおかずには、その家ごとの『お袋の味』があったはず。作る方はお母さんとは限りませんが、私は、現代ではお袋の味の『お』の字が取れてしまったと感じているんです。つまり、レトルト食品や出来合いの総菜、デリなどで買う、『袋の味』ではないでしょうか。少し厳しいことをいいましたが、いまの時代を生きる私たちの役割は、失われつつある本来の和食の味を、次の世代に伝えてあげることだと思っています。私は醤油屋ですから、醤油を通じて食生活の大切さをこれからも伝えていきたいですね」
伊那醤油株式会社・代表取締役。長野県醤油工業協同組合連合会・理事長。食育活動にも力を入れ、日本醤油協会の「しょうゆもの知り博士の出前授業」として地域の小中学校や団体施設へと出向き、醤油の魅力を発信している。
醤油(うすくち・こいくち・たまり・しろ)、行者にんにくしょうゆ、漬物母料(スピード漬の素・みそだまり・野沢菜漬の素)などを製造。