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受け継がれた技と新風が交わる食の舞台、新島へ
vol.1 300年続くくさやの伝統を次世代に受け継ぐ池太商店
2024/10/10
vol.1 300年続くくさやの伝統を次世代に受け継ぐ池太商店
受け継がれた技と新風が交わる食の舞台、新島へ
2024/10/10
伊豆七島の名物といえば、必ず名前が上がる「くさや」。もちろん新島もその例に漏れず、島の名物として知られています。かつて50軒以上あったというくさやの生産者は、時代の流れとともに減少。現在、島には4軒しか残っていません。今回訪れた「くさやの里」は、新島のくさや作りの伝統を次世代に受け継ぐための共同施設です。池太商店もその一つ。4代にわたり伝統の味を守りつつ、新しい風を取り入れながらくさや作りに挑んでいる池太商店の4代目、池村遼太さんに、くさやの魅力と未来についてお話を伺いました。
「ウチのくさや液は、300年もの間、水と塩のみを継ぎ足しながら使っているものです。この液がなければ、池太商店のくさやは成り立ちません」と語る4代目、池村遼太さん。
液を保管するのは簡単そうに見えるかもしれませんが、実はとても繊細。温度や湿度、さらには菌の状態にも気を配らなければなりません。一度この液を失ったら、二度と同じ味を作ることはできなくなります。そんな繊細なくさや液を守るためには、定期的に魚を漬け込み続けることが必要。
「くさや液は魚が取れない時期でも、休ませることができません。長期間使わないと、液の中の菌が餌を失い弱ってしまうので。どんなに忙しくても、冷凍の魚を使ってでも、常に使い続けなければいけないんです。3ヶ月くらい旅行に行きたいけど、季節にもよりますがせいぜい1ヶ月が限界かな。それ以上になると、菌が弱ってしまい、味にも影響が出てしまいます」
この、くさや職人の命ともいえるくさや液は、発酵の専門家も注目しています。
「発酵を専門とする教授が言うには、くさや液の中には様々な菌が共存していて、そのバランスが絶妙だそうです。まるでスーパースターチーム、バルセロナのように、菌が力を発揮しながらチームとして完璧な調和を保っているのです」
この絶妙な菌の組み合わせが、くさやの風味を作り出す秘密。そして、ただの保存食ではなく、発酵食として健康効果にも注目が集まっています。
「病院のなかった昔は、整腸作用を期待してくさや液をそのまま飲用したり、傷口に塗って消毒代わりに使われていたそうでうす。近年は発酵ブームもあり、注目されるようになったくさやの健康効果ももっと広めていきたいですね」
「くさや作りは、シンプルに見えるかもしれませんが、実はかなり奥が深いんです。くさや作りの重要な要素は、鮮度の高い魚を使用すること」
くさやを作る過程は、魚の新鮮さを保ちながら、その身に発酵液をしっかりと染み込ませることが重要です。アオムロやアジなどの青魚を基本に、脂肪分の少ない魚を使用します。
「脂の多い魚は発酵液が染み込みにくいんです。だから脂肪の少ない青魚、特にアオムロやアジなどを使っています。また、くさやは匂いが強いので、鮮度はそこまで重要ではないと思われがちですが、実際には刺身でも食べられるほど新鮮な魚を使うんですよ」
季節ごとに最適な魚を選び、魚のサイズや脂の乗り具合を見ながら発酵時間を微調整する技術は、長年の経験があってこそのもの。
「漬け込む時間が少しでも違うと、魚がしょっぱくなりすぎたり、逆に味が薄かったりします。だから、毎日魚と向き合いながら、その微妙な違いを感じ取っていくんです」
新島でのくさや作りの歴史は古く、江戸時代にさかのぼると言われます。海に囲まれた新島は、古くから魚食文化が根付いており、保存食として魚を塩水に浸して天日干しにする風習があったのです。しかし、新島を含む離島の塩は幕府への年貢として上納される貴重な資源でもあったため、一度使った塩水を捨てずに、繰り返し継ぎ足しながら使う必要がありました。この限られた塩資源を有効活用することで生まれたのがくさや液。漬け込む回数を重ねるごとに、塩水はただの保存液ではなく、魚に深い旨みと風味を与える発酵液へと進化していきました。それによってくさやが誕生し、新島の特産品として定着しました。
「その昔、味噌や糠漬けを各家庭で作っていたように、くさやも家庭でつくられていました。でもウチが商売をはじめたのは、ひいじいさんの頃。それまでは漁師をしながら、作ったくさやを親戚に配ったりしていたくらいだったと聞いています。多い時代ではくさや屋さんだけで50軒もありましたが、20年くらい前に僕が島に戻ってきたときには10軒ほどに減っていました。そして、いま残っているのは4軒です」
後継者が不足し、必要な設備が壊れたことをきっかけに畳む人が多いといいます。そんななか、地元の産業を守るために村が補助し、共同施設「くさやの里」が誕生しました。ここでは、生産者が必要な設備を共有しながら、コストを削減しつつ品質を維持したくさや作りが可能です。
伝統を守りつつも、新しい風を取り入れることが求められる現代。遼太さんは、4代目としてだけでなく、新島水産加工業協同組合の事務局長としても新しい挑戦に取り組んでいます。
「いろいろな魚でくさやを作るなど実験をしています。アジやムロアジが一般的なくさやに向いていますが、島の名産であるあかいかを使ったくさや作りも試しているんです。新島特有のあかいかは普通の魚とは違って、くさや液との相性を見極めるのが難しい部分もありますが、新しい風味や食感を発見できる可能性も。こんなふうに自由な発想で、くさや作りの幅を広げていきたいなと。また、これまで秘伝としてきたくさや液も欲しい人には分けてあげたり、家庭で作れるくさやキットみたいな商品も作れたらいいなと考えているところ」
さらに、くさや液に欠かせない塩も新島に塩の生産者が誕生したことで、地元のものに変えたそう。
「島の塩は、普通の塩と違って、角がなくまろやか。それまで食べられなかった3歳の娘も、塩を変えてから美味しいと食べられるようになったほど。塩作りをしている人も『くさや塩』など商品開発に意欲的。こんなふうに、島のひとともに新しいくさやの可能性を通して、くさやの伝統を未来に繋いでいけたらいいですね」
新しい挑戦を続けながら、もっとたくさんの人にくさやの魅力を知ってもらい、くさやを未来に受け継いでいきたいという願いを叶えるための取り組みの一つに、小学生のための体験学習があります。
「小学校での体験学習を通じて、くさや作りの工程を子どもたちに教えています。最初は匂いに驚く子どもたちもいますが、実際に作業を体験すると、その楽しさに気づいてくれるんです。魚を捌くのも、最初は時間がかかっても、回数を重ねることで手際がよくなっていきます。こうして次世代にくさや作りの魅力を伝えることが、自分の役割だと思っています」
こうした取り組みは、単にくさやを作る技術を伝えるだけではなく、島の文化や歴史を子どもたちに教える重要な機会にもなります。
「くさやに興味を持ってもらえたら嬉しい。もし、将来くさやを作りたいと言ってくれたら、うちのくさや液もどんどん分けますよ、そうやってくさやが広がり受け継がれていけばいいなと思っています」
東京竹芝桟橋から高速ジェット船で2時間20分、または夜行大型客船で8時間30分。
その他、神奈川県久里浜港、静岡県下田港からの船便もあり。
東海汽船 TEL:03-5472-9999 または 0570-005710
URL:https://www.tokaikisen.co.jp/