受け継がれた技と新風が交わる食の舞台、新島へ

vol.2 新島唯一の「新島酒蒸留所」目指す、
飲み飽きない島酒づくり

2024/10/17

2026年に創業100年を迎える新島で唯一の島酒をつくる「新島酒蒸留所」。4代目当主の宮原淳さんと、Uターンで戻った櫻井浩司さんが二人三脚で新たな挑戦を続けてきました。島の伝統を守りながら、新たな要素を取り入れた酒づくりを目指し、地元の人々に愛される焼酎をつくり続けてきた二人。今回は、彼らがどんな思いで100年の歴史に新たなページを刻もうとしているのか、「新島酒蒸留所」を訪ねてお話を伺いました。

伝統と挑戦が紡ぐ100年の歴史、新島酒蒸留所の歩み

新島酒蒸留所は、1926年に創業して以来、新島で唯一の酒造所として100年近くの歴史を刻んできました。代々家族経営で受け継がれ、2001年に宮原淳さんが4代目当主となりました。

「高校生のとき、父が倒れ、その後は祖父と母で焼酎をつくっていました。それもあって、私は大学卒業してすぐに島に戻ったんです。最初は母と二人で焼酎づくりに取り組みましたが、母が怪我をして引退。その後、櫻井くんが来てくれるまで、10年以上ひとりで仕込みを続けてきました」

4代目当主の宮原淳さん。

現在、新島でつくられるすべての酒は、宮原淳さんと、2016年にUターンして新島に戻った櫻井浩司さんの二人によって生まれています。

島民の心に根付く焼酎文化、
成人式で繋がる思い出

都心で働いていた櫻井さんが新島に戻る際、紹介されて働くことになったのが新島酒蒸留所です。しかし、酒づくりの知識は全くなかったそうです。

櫻井浩司さん。都内の大学を卒業後勤めていた飲食店を辞め、生まれ育った新島に戻ってきた。

「酒づくりの知識はゼロでしたが、お酒を飲むのは好き。島の人はみんなお酒が好きなんですよ!」と櫻井さん。

そんな櫻井さんの新島酒蒸留所との出会いは、高校生時代にまで遡ります。

櫻井さんが通った都立新島高等学校では、3年生になると「あめりか芋」の栽培に取り組みます。生徒たちが丹精込めて育てた芋は新島酒蒸留所に持ち込まれ、焼酎の原料となります。そして、この特別な焼酎『七福嶋自慢』は、卒業から2年後の成人式に贈られるのだそう。

「成人式で『七福嶋自慢』をもらったときのことは今でもよく覚えています。甘くて飲みやすく、一気に飲んでしまいましたね。自分たちが育てた芋でできているというのも特別な思い出になりました。今、その焼酎づくりに携わっていることには不思議な縁を感じます」

お祝いに相応しい、金のラベルの「七福嶋自慢」。

「七福」とは、新島で「あめりか芋」と呼ばれている芋の正式名称「七福薯」から由来する、おめでたい名前です。

今では新島の名産とも言える「あめりか芋」ですが、昭和40年代以降には生産量が減り、昭和60年頃には芋焼酎自体が姿を消しました。生産を再開したのは平成15年、島の伝統である芋焼酎を復活させたいという淳さんの思いからでした。

「私が会社を継いだ時、麦焼酎がメインで、芋の仕込みは全く分かりませんでした。伊豆七島で芋焼酎を製造している蔵元の皆さんに助けていただきました。当時、原料となる芋の生産が減っていたので、生産者の方にもたくさん協力していただき、ようやく実現しました」

飲み飽きない美味しさの秘密

「七福嶋自慢」をはじめとした新島の焼酎は、芋焼酎にも麦麹が使われているのが特徴です。新島酒蒸留所の代表銘柄である「嶋自慢」も、国産大麦を原料にし、白麹・減圧蒸留でつくった原酒を貯蔵熟成させた麦焼酎。軽く香ばしい麦の香り、そしてほのかな甘さと飲みごたえが特徴です。

「目指しているのは、毎日飲んでも飽きないお酒。香りが軽くて、雑味がない酒ですね。減圧蒸留にすることで軽い香りのみが残るんです。飲みやすさというのは、度数や味わいだけでなく香りも重要なポイント。できるだけ重厚感のある香りはカットするように意識しています。だから、食事にも合わせやすい。特に島の料理にはぴったり。くさや、島寿司、明日葉の天ぷらにも合います」と宮原さん。

出荷前に1本1本、丁寧に焼酎を充填する櫻井さん。ふんわりと甘い香りがあたりに漂う。

ところで2024年、新島焼酎も含まれる「東京島酒」が、地理的表示(GI)に指定されました。地理的表示(GI)は特定地域で生産され、その地域の特性を持つ製品を保護する制度で、地域名を使い、その品質や信頼性を保証し、市場価値を高めることを目的としています。「東京島酒」は東京都大島町、利島村、新島村、神津島村、三宅村、神津島村、八丈町、青ヶ島村を生産地とし、「麦麹」を使用することが特徴です。

嶋自慢の麦麹を使用
「焼酎麹発酵サラミ」

「特別な贈り物にも最適。大麦麹で豚肉を発酵させた肉醤油&サラミ」で紹介した、東京・町田のクロイツェルの吉岡学さんが開発した、世界で初めて焼酎麹で豚肉を発酵させた「焼酎発酵サラミ」で使われているのが、「嶋自慢」の大麦麹。

「嶋自慢」の大麦麹のほか、新島産の島唐辛子も使われている「焼酎麹発酵サラミ」は、新島土産にも大人気。

吉岡さん宮原さんは、東京農業大学醸造学科(現在の応用生物科学部 醸造科学科)で発酵や醸造についてともに学んだ同級生。

「初めて会った時、彼がカレー色のジージャンを着ていたのを覚えています。私は高校のスタジアムジャンパー。それで、かっこいいじゃん、交換しようぜ、なんて言いながら交流が始まったんです。卒業後は特別な接点はありませんでしたが、百貨店の展示会で偶然再会し、サラミを発酵熟成させる麹をウチの焼酎をつくる大麦麹でつくりたいと。それで実現したのがこの商品です。もちろん『嶋自慢』との相性は抜群です」

100年の伝統を守り、未来へ。
新たな挑戦を続ける新島酒蒸留所の展望

「最近は原料となる芋づくりも始めています。畑仕事もやっているんですよ。今年の夏は2000本弱収穫かな。2人でトラクターに乗り、マルチシートも敷いたりして。きっかけは、コロナで、もうやることがなくなってしまって。だから、畑をつくろうと。仕事というより、趣味ですね。2人でチェンソーを持って開墾から始めました。休耕していた農地があったので」

「休肝日をつくらないと、と思いつつも、つい毎日のように焼酎は飲んでしまいます」と宮原さん。
最近の好きな飲み方は、すっきり炭酸割りだそう。

初めての芋づくり、最初の年は上手に栽培できて収穫も上々でした。これに自信を持ち、材料を自分たちでつくろうと本格的に取り組んだ2年目、今度は天候不良で思うようにいきませんでした。

「雨が降らなかったのが原因かと。自然を相手にするのは難しいですね。でも、それでも毎年つくりたいと思うのは、収穫の喜びがあるからです。自分たちで収穫した芋は泥を洗い、根を取るなど手間暇がかかりますが、その前の段階から自分たちで手がけられるのはやっぱり嬉しいです」

「手を広げすぎると収拾がつかなくなる」と笑う宮原さんと櫻井さんですが、新島焼酎をさらに発展させるのが彼らの夢です。

100年の歴史を継承し、新しい挑戦を続ける新島酒蒸留所。その情熱を掻き立てるものは、新島への誇りと焼酎への深い愛情なのかもしれません。

仕込みが終わり静かな時間が流れる蒸留所。

新島酒蒸留所(酒造場)

住所:
東京都新島村本村2-4-2
URL:
https://shimajiman.com/

酒屋の宮原(販売所)

住所:
東京都新島村本村1-1-5
TEL:
04992-5-0016
営業時間:
9:00~19:00
定休日:
日曜日

●新島へのアクセス

東京竹芝桟橋から高速ジェット船で2時間20分、または夜行大型客船で8時間30分。
その他、神奈川県久里浜港、静岡県下田港からの船便もあり。

東海汽船 TEL:03-5472-9999 または 0570-005710

URL:https://www.tokaikisen.co.jp/