おいしく長寿。魅惑の発酵王国NAGANO

長野の寒い冬が育んだ、
豊かでおいしい漬物文化

2024/11/28

長野の寒い冬が育んだ、 豊かでおいしい漬物文化
長野の寒い冬が育んだ、 豊かでおいしい漬物文化

その土地の食文化を知りたいのであれば、スーパーマーケットに行くのが近道。長野県のスーパーマーケットをのぞいてみると、青果や精肉、鮮魚といった定番コーナーに負けず劣らず充実しているのが漬物コーナー。長野の漬物の代表格といえば野沢菜漬ですが、実は、漬物の種類はとても多く、長野ならではのユニークな食べ方もあります。長野市の南端に位置する篠ノ井(しののい)地区に、昭和16年(1941年)に創業したマルトウは、そんな長野の食卓に並ぶ漬物を造り続けてきた、地元密着型の漬物メーカーです。代々続く家業を継いで、昨年代表取締役になった久保廣範(くぼ ひろのり)さんに、長野県の豊かな漬物文化と漬物の魅力についてお話を伺いました。

電話での注文が相次ぐ、
人気の期間限定漬物とは?

秋も終わりに差しかかる頃、漬物メーカー、マルトウの電話のベルはいつもより頻繁に鳴るそうです。同社の主な取引先は地元のスーパーマーケットなのですが、電話の主は少々違うようです。
「この季節になると、『地大根』の注文のお電話をよくいただいています。毎年、10月から12月頃に収穫する大根なのですが、低温熟成でじっくり漬け込んで、12月頃からの出荷になるんです。季節限定の漬物で、ありがたいことに毎年心待ちにされていらっしゃるお客様も多いんです。うちは卸売りがメインですが、お電話いただければ、個人の方でもお送りしています」
地大根とは、一般的に出回っている青首大根ではなく、この土地ならではの品種のようです。どのような大根なのでしょうか?
「全国にはさまざまな在来種の大根があるのですが、この辺りの北信エリアで採れるのは、飯綱青大根(いいづなあおだいこん)といい、青首大根より小ぶりで、葉に近い上半分が濃い緑色で下半分が白い珍しい大根なんです。『地大根』は、香ばしさのある『炒りぬか』で風味を付けた、パリパリとした強い食感と独特のうま味が味わえるのが特徴です」
「地大根」は、平成24年(2012年)の長野県漬物品評会で最高賞の農林水産大臣賞を受賞したそうで、その味わいは折り紙付きのようです。そうと聞いたら一口味見をしたいところですが、取材時はまだその時期ではありませんでした。漬物の主な材料は野菜なので、当然のことながら漬物の製造は、野菜の収穫時期に合わせて行なわれます。
一年のうちで食べられる時期が限られる物も多く、野菜同様に漬物にも「旬」があるといえます。

左:「地大根」(たくあん漬)は黄色から緑へと変化していく独特のグラデーションが美しい。
右:近隣の農家で栽培されている「飯綱青大根」。上部が緑色をしているのが特徴。

「いまであれば、7月~9月上旬に収穫された丸茄子がちょうど旬ですね」
と出していただいたのが、これもまた関東などでは珍しい「丸茄子の辛子漬」で、艶やかな青紫をした漬物です。水茄子に似ていますが、実は少し大きく野球ボールくらいの大きさだとか。「丸茄子のからし漬」を一口食べてみると、しっかりした皮の弾力があり、噛むほどに口の中に和がらしの辛みがジュワーッと広がります。最後には、素材のほんのりとした甘みが感じられクセになりそうな味わいです。
「これも食べたことのない食感だと思うんです。東京あたりに流通している水茄子の漬物は皮がとてもやわらかいけれど、こちらは皮に食べごたえがあるんです。丸茄子は、善光寺平で昔から収穫され食べられていると聞いていますが、火を通しても型崩れしない品種なので、刻んで『おやき』によく使われていました。それが徐々に漬物にも使われるようになったんです。同じようにこの北信エリアでポピュラーな漬物に『白瓜の粕漬』があります。白瓜といっても緑っぽい色をしていて、青瓜やつけ瓜ともいわれています。漬物にするとシャキシャキとしておいしいんですよ。これは夏に収穫して、秋口から酒粕に漬け込み、10月頃から食べ頃になります」

左:「丸茄子のからし漬」(左下)と「白瓜の粕漬」(右上)は、
どちらも素材の風味と歯ごたえのある食感が活かされている。
右:丸茄子はちょうど野球ボールくらいの大きさで皮がしっかりしているのが特徴。

これらの季節の漬物は、主に近隣の農家で栽培したものを使っているそうです。野菜の収穫が近くなると、畑に足を運ぶ回数が増えるという久保さん。やはり気になるのが野菜の生育状況です。
「年々、漬物の主役である野菜の確保が難しくなってきています。理由は農作物を取り巻く環境が変わってきたことが大きいです。生産農家さんも少なくなっているし、地球温暖化で野菜の種まきが遅れることで、収穫時期になっても品質の良い野菜ができないこともあるんです。年々厳しくなる異常気象の影響も心配されていますね。弊社は、主に地元のスーパーさんに卸している関係もあり、漬物屋としては売り場に商品が途切れないようにするため、いろいろな種類の漬物を揃えています」

一口に漬物といっても野菜の葉物もあれば根茎もあります。また、漬ける調味料の種類(塩、醤油、酢、味噌、ぬか、麹、酒かす)によって風味が違ってきます。また、漬け時間が短い浅漬から数カ月間漬ける古漬、また、たくあんや梅干しのように、漬ける前に材料を天日で干してから漬けるものもあり、多種多様です。
「長野県全体でも漬物の種類は多く、地域によっていろいろな種類があります。信州の特産品でいえば、野沢菜漬、信州小梅、わさび漬、山ごぼう、味噌漬などが多いですね。やはり、冬が厳しい長野県では農作物は貴重品でしたから、野菜をおいしく食べる知恵が根付いているのだと思います。いまは環境が変わってきましたが、昔はどの家庭でも夏や秋に採れた野菜に保存性を持たせるため、漬物にして貯蔵し冬場に食べていたんです。それがおいしいこともあり、定着したのだと思います。例えていうなら、江戸前寿司の『まぐろの漬け』みたいなもので、もともとは日持ちさせる調理法だったのが、おいしいからいまも根付いていますよね」

代々続く家業の漬物業を継いだ久保さん。収穫時期が近くなると畑にも頻繁に足を運ぶ。

長野の家庭ではポピュラーな
「野沢菜の天ぷら」

マルトウの敷地はとても広く、全部で7棟の建物があります。原料を保管する棟、野菜の下処理をする棟、漬け込み作業をする棟、貯蔵する棟など、作業によって分かれているそうです。取材時ではそのうちの一棟で、ちょうど野沢菜漬の作業を行っていたので、見学させていただきました。
野沢菜漬といえば、長野のお土産の定番として人気があり、マルトウでは塩漬、わさび漬、醤油漬などの数種類を造っているそうです。野沢菜はその細長い形状が特徴です。工場では、従業員のみなさんが手際よく野沢菜を折りたたみ、袋に入れる前の作業をしていました。浅漬けならではの鮮やかな緑色で、瑞々しさが伝わってきます。野沢菜漬は、漬物として食べる以外にも意外な食べ方があるようです。どんな食べ方なのでしょうか。
「野沢菜漬はご飯のお供やお酒のアテにはもちろん、お茶受けの定番なんですよ。たとえば消防団みたいな地域の寄り合いがあると必ず、野沢菜が大皿に山盛りになっています()。また、いろいろな料理の具材としても使います。おにぎりやおやきの具はもちろん、発酵が進んで茶色くなった古漬けは、油炒めや天ぷらにぴったりなんです。味がついているからそのままでも天つゆをつけてもおいしいですよ。あとは、チャーハンやパスタなどにも入れたりしますね」
ちなみに、漬物業界では野沢菜は芯が1㎝くらいに太くて育っていて、56本束になって500円玉くらいになる物がおいしいとされているとか。野沢菜漬を選ぶ際は、芯の部分が太くて肉厚のものを選ぶと良いかもしれません。

左:野沢菜の浅漬は洗浄した野沢菜を塩に漬けてから、調味液と一緒に袋詰めにする。
右:葉の部分が1m近くある野沢菜。
その昔、長野市の北にある野沢温泉村のある住職が京都から
天王洲蕪(てんのうずかぶら)を持ち帰り育てたのが起源だそう。
寒冷な気候や標高の高さの影響から、実の部分が育たず、葉ばかりになったため、
葉を漬物として活用するようになったという。

マルトウの野沢菜漬(左より野沢菜漬/本造り野沢菜漬/野沢菜漬わさび風味)。

「野沢菜に限らず、長野には漬物のいろいろな食べ方があります。たとえば、キムチとたくあんを組み合わせた『キムタクごはん』は、それぞれを刻んで、豚肉やベーコンと一緒に炒めてごはんに混ぜたもので、塩尻の学校が子どもに漬物を食べてもらおうと給食に出したのが最初のようです。
あと、大根の味噌漬とみょうがやきゅうり、丸茄子などの野菜を細かく刻んで混ぜる『やたら』は、北信地域の伝統食で夏の風物詩になっていますね。あとは長野といえば信州味噌ですから、きゅうりや大根の味噌漬は家庭の定番で、ごはんにまぶして焼きおにぎりにしたり、刻み野菜とともに酢めしに混ぜて寿司にしたりと、いろいろ工夫して食べられています。大根とにんじんの細切りを酢で漬けた『なま酢』は、全国的には正月のものとされていますが、長野ではなぜか普段からサラダ感覚で食べていますね」

左:信州味噌で漬けこんだ「胡瓜味噌漬」(左)と「茄子味噌漬」(右)。
右:大根とにんじんを酢漬けにした「なま酢」は日常的に食べられている漬物。

長野県人の健康長寿の秘密は、
漬物にあり⁉

漬物にすると、原料の野菜以上に食感や風味が良くなり、食が進むイメージがあります。そんな漬物を造る上で欠かせないのが「塩」の存在です。
「漬物は浅漬けにしても古漬けにしても塩を使用するのが基本です。これは塩味を付けるだけでなく、野菜から水分を抜き、野菜のうま味を凝縮させるためなんです。最近は減塩が求められていますが、僕は、漬物は塩が足りないとおいしくならないと思っているんです。それに品質を保持するためにも塩は大切です。塩の代わりに塩化カリウムを使ったり、塩分を下げた分、酸味料や糖で日持ちを上げたりするやり方もあるのですが、そういう造り方には抵抗感がありますね」

厚生労働省の「健康日本21」というガイドラインが設定され、健康における塩の摂取量の基準が設けられたのは、平成12年(2000年)のこと。それによると塩の摂り過ぎが高血圧などの原因とされ、以来「減塩」が叫ばれてきました。しかし、それから20年以上経った現在では、賛否両論はありますが、塩を摂取しても血圧が上がる人と上がらない人がいるという調査結果も発表されています(ロンドン大学インターソルト・スタディ調査)。また、最近は毎年、夏になると「熱中症」対策が呼びかけられていますが、熱中症には水分だけでなく、塩分の補給が必要です。また、マクロビオティック(日本の伝統食をベースとした食事法)では、塩は体を温めてくれる陽性食品の代表といわれています。寒い地方の人たちが、自然に塩辛い食事を摂るのは、寒い冬に耐えられる体作りのためといえるのです。こういったことからも塩は健康の大敵ではなく、生命維持に大切な要素でもあるということがわかります。

減塩という言葉のもとに、単に塩分を減らすのではなく、塩分も体に必要な栄養素だということを理解し、それをどう日々の食事に摂り入れていくか。そんな栄養のバランス感覚が大切なのではないかと感じます。
「長野県は、いま日本の中でも長寿を誇る県です。その背景には発酵食品を多く摂り、野菜を多く食べる習慣があると思います。漬物の良いところは生で野菜を食べるよりも、漬け込んである分、たくさんの量の野菜を食べられる点ですね。しかも漬物にしても栄養成分が減ることはほぼありません。特に現代人に足りない食物繊維も豊富なんです。最近は農林水産省が推進している『野菜を食べよう!』というプロジェクトの一環として、『漬物で野菜を食べよう!』という提案がされています。これは漬物屋としては嬉しいかぎりですね」

農林水産省の調べでは、現在、20歳以上の1日当たりの野菜摂取量は平均280g程度で、目標量350gを下回り、あと70g足りないそうです。野菜でいえば、茄子なら12㎝(1本分)、オクラなら8本分、ほうれん草なら3株分、アスパラガスなら3本分、トマトなら1/2個程度になります。一方の漬物には、生の野菜よりかさが減って食べやすくなっている上に、元々の野菜に含まれていた、ビタミン、ミネラル、食物繊維、カリウム、葉酸といった栄養がほぼ失われることなく含まれています。
つまり、野菜と同じ栄養分を漬物から摂るのであれば約半分の35g程度で良いということになります。では、35gはどのくらいかというと、茄子塩漬なら6切れ(1/2本分)、白菜浅漬なら小皿1杯分、たくあんなら3切れ、きゅうり塩漬なら6枚程度になります。いつもの献立にプラスしやすい量といえますね。手軽に漬物を活用するのも好案です。
現代人の野菜不足の救世主として、徐々に注目が集まりつつある漬物。生野菜よりも保存期間が長く、そのまま食べてもよし、いろいろな料理の具として活用してもよし。上手に毎日の食卓に摂り入れていきたいですね。

左より時計回り:「野沢菜漬」、「丸茄子からし漬」、「なま酢」、「白うり粕漬」、「信州産胡瓜みそ漬」、
「信州産茄子みそ漬」。商品の電話注文も受け付けている。

久保廣範(くぼ ひろのり)さん

久保廣範(くぼ ひろのり)さん

久保廣範(くぼ ひろのり)さん

株式会社マルトウ代表取締役。2級漬物製造管理士。1981年生まれ。東京経済大学卒業。2007年入社、2024年代表取締役就任。趣味はフットサル、ゴルフ。

株式会社マルトウ

株式会社マルトウ

住所:
長野県長野市篠ノ井小森1241
TEL:
026-292-1312
URL:
http://marutou-shinshu.jp/

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