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発酵を訪ねる
海街の糀屋の春夏秋冬
冬、子どもたちの味噌づくり
2025/01/30
発酵を訪ねる
2025/01/30
春、夏、秋と、季節が移り変わる頃、茅ヶ崎の糀屋「米の花」に伺い、ご主人の熊澤弘之さんのお話を聞いてきました。この日熊澤さんは、茅ヶ崎市内にある小学校で3年生の子どもたちに味噌づくりを教えるといいます。その様子を覗いてきました。
熊澤さんと地域の小学校とのつながりは、数年前、茅ヶ崎市内の小学校に勤める栄養士さんが、糀屋「米の花」を訪れたことから始まります。この小学校の栄養士さんたちは、1年に1度自分たちで味噌を仕込み、それを給食に用いていました。その味噌の原料として、地元の糀屋である米の花の糀を使いたいということでした。こうしたご縁から、茅ヶ崎市内のいくつかの学校で米の花の糀を用いた味噌が仕込まれています。
その後、栄養士さんたちが仕込むだけでなく、小学生たちに味噌づくりを教えてくれないかという相談が熊澤さんのもとにやってきます。
「小学3年生の国語の教科書に、『すがたをかえる大豆』という文章があります。大豆から豆腐や味噌などさまざまな食品が生まれることを子どもたちは学んでいるんです。そんな授業の一環で、実際に味噌がどのようにできるのか子どもたちに知ってもらおうと、私が学校に行って味噌づくりを教えることになったんです」
茅ヶ崎市内のいくつかの学校で味噌づくりの授業を行うことになった熊澤さん。この日も、小学3年生へ味噌づくりを教えにやってきました。
熊澤さんが用意したのは、分量分の蒸した大豆と、塩と糀が入った袋です。子どもたちは1人1セットこれらを手にし、味噌を仕込んでいきます。
「はじめて子どもたちに味噌づくりの授業をするお話をもらった時はちょうど新型コロナウィルスが流行している頃でした。そのため食材に非接触で仕込み、各自がつくった味噌を個別に預かることができる形にしました。」
この日は、保護者も授業を見学できる日。味噌の材料に、子どもたちも保護者の皆さんも興味津々の様子です。熊澤さんは、子どもたちに「糀について知っていますか?」という質問を投げかけます。この問いかけに「知っている!」と元気に手を挙げたのは2人。多くの子どもたちにとって、糀は初めて見る食材だったようです。「生のまま、少し食べてみてもいいよ」という言葉に、おそるおそる口にする子どもたち。この材料から味噌ができるのかと、不思議そうな表情の子もいます。
「机の上に消しゴムのカスなどがある子はきれいにしておいてね。お味噌に消しゴムのカスが入っていると、嫌でしょ?」と熊澤さん。続けて、「混ぜている間に大豆が机の上にこぼれても、もとの袋に戻して大丈夫。糀菌の力は強いから、ちゃんとお味噌になってくれるよ」という熊澤さんの言葉に、「えー」と驚く声が挙がります。
そして、袋の中で糀と塩を混ぜ合わせて塩切り糀をつくり、大豆が入った袋の中へ慎重に加えていきます。子どもたちの表情は真剣そのもの。糀と大豆が混ざったら、大豆を袋の上からしっかりと潰していきます。
最後に袋に名前を書き込み、味噌づくりは終わりです。早く終わった子どもたちは、うまく進まない子どもたちに声をかけたり、手伝いをしたり、和気あいあいとした雰囲気のなかで授業は終了しました。
それぞれが仕込んだ味噌は一つの箱に集められ、3〜4カ月間ほど学校内で保管されます。次に子どもたちがこの袋を目にするのは、味噌ができあがった頃です。
授業を終えたばかりの熊澤さんに感想を伺うと、「楽しいですよね」と満面の笑み。そのまわりを元気な子どもたちが駆けていきます。
「子どもたちって的を射た質問をするんですよね。『手づくりの味噌だとどういう食べ方がおすすめですか?』とか、『いつまで食べられますか?』とか。買ってきた味噌とどう違うんだろうってとても関心があるし、興味をもって取り組んでくれているのがわかるから、とてもやりがいがあります」
数カ月先まで待ちきれず、「楽しみ!楽しみ!早く食べたい!」と、できあがりへの期待を膨らませる子どもたちも多く、中には授業の翌日に米の花を訪れてくれる家族もいるそう。
「学校でつくって簡単だったから、家でもつくってみようってことになったって。その時はうれしかったですね」
熊澤さんが米の花をオープンして以来、さまざまなお客様がお店を訪れるようになりましたが、学校で子どもたちに糀に触れてもらい、味噌づくりについて伝えられる機会は、格別だと熊澤さん。
「情報というのは、自分が興味のあるものであれば調べに行くことができます。でも、糀について自ら調べようという機会はなかなかありません。ですから、こうした機会に糀について語れる機会をもらえるのは本当にうれしいです。子どもたちはもちろん、親御さんにも糀に関心を持ってもらえるきっかけになるからです」
味噌ができあがって配る日もとても楽しみだと熊澤さんは言います。
「自分でつくったあの材料が実際に味噌になったと、とても喜んでくれるんです。『早く持って帰ってお母さんに味見してほしい』とか、『今日味噌を持って帰るのを知っているから味噌汁の用意をして待ってくれている』なんて声を聞くと、つい笑顔になってしまいます。僕にとってもかけがえのない経験ですね」
授業の後、熊澤さんが宝物だといって見せてくれたのは、これまで行ったさまざまな小学校の子どもたちからの感想文。熊澤さんに宛てて、味噌づくりやできあがった味噌についての感想が色とりどりの文字や絵などで記されています。
「『自分でつくったお味噌はやさしい味がした』『家族みんなで、おいしいねと言い合って食べた』など、いろいろな感想があって、読んでいて本当に楽しいです。自分自身の手でつくった味噌の話を食卓でしてくれているのを想像すると本当にうれしいですし、『じゃあ、今度は家でつくってみよう』なんて話になっていたら最高ですね」
何より、こうして自分で味噌をつくったことがある子どもたちが少しずつ増えていくことが喜びだと熊澤さん。
「これをきっかけに、“なぜだかわからないけれど、茅ヶ崎には味噌を手づくりする家庭がとても多いらしいよ”とか、“茅ヶ崎では風邪をひく子どもたちが減って、元気に過ごす子たちが多いよ” “健康寿命が高いのは、味噌を手づくりする文化からきてるらしいよ”なんてことになったらうれしいなぁなんて、僕は一人妄想してるんです(笑)。
たかが味噌かもしれないですけど、子ども時代の経験から習慣や文化が生まれて、広がっていくんじゃないかって。毎回、子どもたちが感動する様子を見るたびに、そういうことを考えていますね」
糀屋のある町で味噌や醤油を手づくりして、人が豊かに暮らしている町はいいなという思いから糀屋「米の花」を立ち上げた熊澤さん。その思いは、子どもたちの経験とつながって、これからもさらに大きく広がっていきそうです。
糀、塩糀、⽢酒を製造販売。
味噌、醤づくりも予約制で随時開催