発酵を訪ねる

和食の大本である糀や発酵食を
とことん追及した店「菌太郎」ができるまで

2025/02/13

発酵会席が人気の「菌太郎」は、角地 直(かくち すなお)さんが10年前にオープンしたお店です。前編では、日本酒にとてもよく合うと評判の発酵調味料を利用したさまざまな料理について伺いました。後編では、寿司職人から発酵会席の店を開くまでにはどのような出会いがあったのか、角地さんのお話を紹介します。

奈良漬けが好きだった少年の心に
ドキューンときた寿司職人の姿

お話を伺った店主の角地 直さん

さまざまな店舗で寿司職人として経験を積み、その後「菌太郎」をオープンしたという角地 直さん。どのような経緯で、発酵食品と出会い、発酵をテーマにしたオリジナル料理のお店を出すに至ったのでしょうか。
角地さんの料理人としての道のりについてお話を伺いました。

「僕は子どもの頃から、味噌汁はもちろん、奈良漬けが大好きな子どもでした」と角地さん。
子どもにとって奈良漬けは風味も強く、大人になってそのおいしさに気がついたという人も多い食品です。しかし、角地さんは「小学校5年生の時には、奈良漬け一切れで、うめぇうめぇって言って茶碗いっぱいのごはんを食べて、母ちゃんが『なんもおかずがいらない。お金がかかんない子だねぇ』なんて言ってましたね」と笑います。

ラーメンを選ぶなら味噌ラーメン。粕漬け、粕汁も大好物だったという角地少年が寿司職人になると決めたのは、小学校6年生の時のことでした。

「うちの親父の友人に寿司屋のオーナーがいまして、おばあちゃんなんですけど、その人のお店に連れて行ってもらったんです。その時、僕はカウンターで働いていた板前さんに釘付けになりました。ネタが入ったガラスケースがあって、その向こうに素晴らしい包丁さばきの板さんがいる。その姿に、『わぁ、きれいだなぁ』って思ったんです。職人に見惚れる僕の様子を見て、そのおばあちゃんが『大きくなったらうちに修行においで』って言ったんですよね。それ以来、僕の将来の夢は寿司職人になりました」

その経験は、小学生ごころに「ドキューーンと来た」と角地さん。見渡せば、東京神田生まれの角地さんの周りには、たくさんのかっこいい職人さんたちがいたそうです。だからこそ、イタリアンや中華の料理人に心変わりすることはありませんでした。小学校の文集に「寿司職人になる」と書き、高校卒業と同時に夢を叶えるための一歩を踏み出すことになります。しかも、夢のきっかけとなった寿司屋の門をたたいたのです。

「もちろん、いろんなお寿司屋さんがありますけれど、いざどこで修行しようかとなったとき、頭に浮かんだのはあのお店でした。店の敷居をまたいだのは、小学生のあの日以来でしたが、おばあさんは僕のことを覚えてくれていて。結果、その店で8年間修行しました」

しっかりと寿司職人としての修行をした後、角地さんはさらに自らの腕を磨こうと、高級寿司店からカウンターだけの立ち食い寿司屋まで、さまざまなタイプの寿司店を渡り歩きます。
「とにかくスピードが必要な店もあれば、まず名前を名乗ってから握り始めるような、丁寧な接客を求められる店もある。お店ごとに特徴がありましたね。それに、お店で提供している一品料理もさまざまでした」

そうして、さまざまなお店で経験を積むうちに、気がついたのは魚に合うのは醤油とわさびだけではないということでした。

「寿司のほかに、なめろうや、西京焼きなどを提供する店で、魚と味噌の組み合わせのおいしさに気がついたんです。それは僕にとって新鮮な体験でした。そこで、いろいろ家で実験するようになって。もともと味噌が大好きでしたから、サーモンのなめろうをつくったり、マグロの赤身と味噌って合うなぁと気づいたり。そうやって調べていくと、どこかの郷土料理にマグロの味噌漬けなんていうのを見つけたりして。魚ってもっといろいろな食べ方をしていいんだと思うようになりました」

味噌は脇役じゃない
発酵が主役の店をつくりたい

そのうちに、もっと自由にいろいろなメニューを提供できる店を自分でオープンさせたいと思うようになった角地さん。さらなる経験を求めてさまざまな業態の飲食店で働きます。

「それまで僕は魚しか扱っていなかったので、お肉や野菜の知識も得たいという思いがありました。お肉も味噌漬けにしたらおいしいし、糀漬けや粕漬けなどもあります。チーズや豆腐のことも知りたかったですね」

今では、発酵食を用いた一品料理が自慢の「菌太郎」

もともと、発酵食品が好きで、関心があったこともあり、味噌だけではないさまざまな発酵食品と素材の組み合わせを試すようになりました。オーナーからメニュー構成全般を任されるようになってからは、お店でもさまざまなオリジナル料理を提供したそうです。

「そういう目で見てみると、世の中には参考になる料理がたくさんあるんです。たとえば、ラーメン店などは、大いに刺激になりました。醤油ラーメン、味噌ラーメンだけでなく、フレンチ出身のシェフがつくる独自のラーメンがあったり、色鮮やかな野菜を組み合わせたものがあったり、芸術作品のようで。昔から知っている中華そばとは全く違うものが誕生していましたから、寿司もそうなってもいいんじゃないの?というふうに思ったりしましたね。また、世界の発酵食にも面白いものがあります。ブルガリア料理やインド料理のヨーグルトの使い方などを見てみると、味だけでなく、お肉を柔らかくする働きがあったり。発酵をうまく利用している。これは面白いと思いましたね」

こうして他ジャンルの食品から刺激を受け、さまざまな料理を考案し、ダイレクトにお客様の反応を見ていると、“みんなが好きな味”というのを肌で感じることができたそうです。

「寿司屋にいた頃は、“魚✕発酵食品”というように考えていましたが、魚と合うものは、お肉や野菜と合わせてもおいしいし、多くの人もそういう味が好きだってことがわかって。発酵食品の魅力を再認識しましたし、“この子たちが主役だ”って考えるようになりました。味噌は脇役じゃない、主役はこっちだって。これは僕にとって大きな自信になりましたね。そして、これがもっと多くの人に伝わったらいいなと思いました」

毎日が実験!
つくった“おつまみ味噌”は30種以上

伝統的な寿司を学び、経験を重ね、発酵食品の奥深さやさまざまな食材との相性の良さに気がついた角地さん。2015年、発酵会席の店「菌太郎」をオープンしました。

「寿司職人だったからこそ、やはり魚にはこだわりたい。加えて、味噌をはじめとしたさまざまな発酵食品の魅力を伝えるメニューを提供したい。そういう思いで、菌太郎は生まれました。思えば、遠回りしたなという気持ちもありますが、発酵といってもピンと来る人は多くなく、“菌”というと悪さをする菌やきのこをイメージする人が多かった10年前にオープンし、今では多くの人に来ていただける店になりました」

そんな角地さんが、自身の知見と持ち前の実験精神から常につくり続けているのが「おつまみ味噌」です。

「例えば、このマグロの寿司の上に乗っている『青唐辛子味噌』は、市場で見つけた青唐辛子を味噌と合わせたらどうだろう、と思いつくりました。こんな風に、日々さまざまなおつまみ味噌をつくっています。
最初につくったのはアジのおつまみ味噌。アジに火を入れてそこに味噌を加え、フレークのようにしたものです。これがお酒に合うと評判になったんです」

青唐辛子味噌とマグロの相性は抜群と角地さん

アジ以来、さまざまなおつまみ味噌をつくってきたという角地さん。魚、貝、野菜など、その数は30種類以上になります。

「うちのお客様には日本酒を飲む人が多いので、その方たちのためにつくりはじめたんです。どんな組み合わせのおつまみ味噌をつくったのか覚えられないから、この壁に記していくようになりました(笑)。一度つくったものもあれば、くり返しつくっているものもあります。アジ、カツオ、サバなど、ごはんの上に乗せてもおいしいですし、豆腐にも絶対に合いますよね。一番のヒットはサンマ。それとアナゴでしょうか。お客様に大変評判がよかったです。鰻の肝などは、苦いおつまみ味噌になるんですが、お酒を飲みながらチビチビ食べるのにぴったりで、みんな『苦い、旨い』なんて言いながら、楽しんでくれました。実山椒やエゴマの実などちょっと癖のあるものと味噌も相性がいいです。常連さんは『今度はどんな味噌ができたの?』『今回のは傑作だね』なんて言って楽しみにしてくれていますね」

これを見れば、菌太郎の歴史がわかるし、何よりも僕がどれだけ味噌が好きかがわかるでしょうと、満面の笑みの角地さん。

壁には歴代の「おつまみ味噌」の具材がずらりと並ぶ

「僕は毎日実験をしているようなもの。これとこれが合うんだとか、この食材にこのおつまみ味噌を合わせたらどうかなぁなんて。いろいろと試してみると本当に面白いですね」

『鰹の燻製味噌』は瓶詰めになっており、店頭やウェブなどで販売している。
今後、もっとバリエーションを増やしていきたいと角地さん

そして、角地さんはこう続けます。

「発酵ブームなんていう言葉も聞きますけど、ブームってなんだって思いますね。多くの場合ブームはあっという間に終わって忘れ去られてしまう。でも発酵はそうじゃない。糀なんて古くは奈良時代からずっとあるわけです。日本の調味料の多くが糀をベースにできているし、糀がなければ、日本酒も焼酎も生まれることはない。糀は、和食の一番の大本だって言えるわけで、宝ですよね。だったら、それをとことん追及した店にしたい、そんな想いで菌太郎をつくりました。ですから、これからも多くの人に発酵食の魅力を伝えていきたいですね」

菌太郎

住所:
〒231-0065
  神奈川県横浜市中区宮川町2-55-1 2F
営業時間:
【火曜日~金曜日】18:00~23:00(L.O.22:30)
  【土曜日 】15:00~23:00(L.O.22:30)
定休日:
月曜日、日曜日