発酵を訪ねる
ただいま発酵中。
愛知県 阿久比町に「dnews」を立ち上げた
ナガオカケンメイさんの挑戦
2025/03/06
発酵を訪ねる
2025/03/06
デザイン活動家としてデザインのあり方を探り、各地の“らしさ”を発掘し、紹介・提案しているナガオカケンメイさん。長く使える良いもの「ロングライフデザイン」に着目し、2000年に『D&DEPARTMENT PROJECT』を開始。その地域らしさを伝えるコミュニティショップ『D&DEPARTMENT』ストアの立ち上げや、デザイン視点で新しい観光を提案するガイドブック『d design travel』の発行なども行ってきました。そのナガオカさんが、故郷である愛知県 阿久比町に新たな店舗『dnews aichi agui』をオープンしたのは2021年末のことです。オープンから4年、今の思いとこれからについてお話を伺いました。
かつて知多木綿の産地として栄えていた愛知県 阿久比町。最盛期には、70余りの機織り工場がありました。『dnews aichi agui』の店舗は、元機織り工場だった場所をリノベーションしたものだと言います。
のどかな風景のなか車を走らせお店を探していると、それらしき建物が見えてきました。左右に長い瓦屋根の建物に小さな看板が出ています。素朴ながらも風情がある佇まいに「ここだな」と窓から中を覗き込むと、レジカウンターの中にナガオカケンメイさんの姿が見えました。
ナガオカさんがこの町に住んでいたのは、3歳から18歳までのこと。「何もないのが嫌で、東京に出たんです」と、ナガオカさんは笑います。そんな彼が、なぜこの町に新たな店舗をつくることになったのか。そこにはたくさんの出会いがあったようです。
「ある時、この町の商工会の青年部の方から講演会の依頼をいただいたんです。自分の故郷で講演できるなんて光栄だと喜んで引き受けました。その時に出会った人から『この町で何かやったらいいじゃないですか』って言われたんですよ」
デザイン活動家のナガオカケンメイさん
もともと『D&DEPARTMENT』ストアの愛知店を開きたいと、名古屋市で物件を探していたというナガオカさん。まさかそれが阿久比町になるとは考えていませんでしたが、さらなる偶然の出会いから、昔ながらのノコギリ屋根の機織り工場跡地を借りることができたそうです。
「町の人に求められないのであれば、店舗をつくるのはやめようと、開店時の経費はクラウドファンディングで集めることにしました。結果、たくさんの地元の方々がクラウドファンディングに参加してくださり、開店資金の5分の4を集めることができました。参加してくださった住民の方は単なるお客様ではなく、“ここは自分の店”だという認識があるので、例えばトイレットペーパーが切れていたら、『替えといてあげたよ』なんて言ってくださって。すごく居心地がいい形で店をオープンすることができたんです」
元機織り工場をリノベーションした店内。広々とした空間が広がっている。
そもそも、ナガオカさんが、全国47都道府県に『D&DEPARTMENT』ストアをつくろうと考えた背景にはある思いがありました。
「旅行に行くと街の駅前はどこも同じで、どこかでヒットしたものをコピペしたようになっている。その土地らしさがなくなっていることに、恐ろしさを感じるようになりました。そこで、この土地のこういうところ『すごくいいですよ』『個性ですよ』っていうのを伝える場所、メディアがつくりたいと『D&DEPARTMENT』ストアをつくり、ガイドブック『d design travel』を始めたんです」
現在、『D&DEPARTMENT』ストアは、北海道、福島、埼玉、韓国・ソウルなど、国内外に14拠点あり、34県の『d design travel』を発行。その中で、阿久比町につくった『dnews aichi agui』は、『dnews』を冠した、国内で初の市町村単位の店舗です。
知多半島でつくられた調味料などがセレクトされている。酢や甘酒など、発酵食品も多い。
「『dnews』は、都道府県のような大きな行政区分じゃなくて、さらに小さな市町村単位から日本の魅力を引き出せるのではないかと立ち上げました。現在は、ここ愛知県 阿久比町、それから沖縄県で準備をしているところです。ですが、この場所を立ち上げて4年、実際にやりはじめてみると、これまでいかに東京中心の構造や考え方で運営してきたのか、気付かされることがたくさんありました」
例えばーと、ナガオカさんは店の前の竹藪の話をしてくれました。
「店の前の竹林が伸び放題になっていて、伐採して間引きをすることにしました。東京ではそうした雑務は、誰かがやっておいてくれたけど、ここではそういうわけにはいかない。自分で体を動かさないと何も前には進まないです。でも、やっていると、通りかかった人が『おぉ、手伝おうか』って。それで、結局近所の人が6人ぐらい手伝ってくれて。あっという間に作業を終えることができました。すると今度は、伐採した竹をどうしようかという話になる。処分するにはお金がかかるし…と考えていると、『竹で何かをする』って人が現れて、その人と話をするために、『まずは今夜飲みましょう』となっていく。すごく楽しいです。楽しいんですけど、僕がやろうとする本題にはなかなか近づいていかないんです(笑)」
「薪を店の前に置いておいてくれる人がいるので、薪小屋をつくったら、いつの間にか補充する人が増えて」と
ナガオカさん。やっていただいたら、何かこちらも返す、そうやって地域の人との関わり合いができている。
何かをしようとしたら地域の人が場に関わることになり、関わり合いが盛んになっていくと、本題以外の事柄に派生していく。一つひとつの動きがゆっくりとしていて、なかなか仕事が前に進んでいかない。「でも、この土地で何かをやるなら、やっぱりそこを大切にしていかないといけないと思うし、それが面白いですよね」とナガオカさん。そうしたことを考えるうちに、今まで通りのスタイルでこの店を運営していくのは違う気がしてきたそうです。
「これまではD&DEPARTMENTのルールに則り、商品を選択し、棚に並べ、接客をして販売してきました。でも、そのスタイルを変えていこうと考えています。例えば、家具など実物を見たいものは、ここでサンプルを見ることができるけれど、購入は私たちがネットで代わりに購入し、商品は直接ご自宅に届く。中国などで広がった仕組みですが、そうすれば、私たちにとっては在庫を抱えたり、流通の手間もなくなりますし、お客さんにとっては商品が安く早く手に入るようになります。そんなふうにして、この場で購入できる商品は減らし、今は当初の半分くらいになっています。最終的には、阿久比町のある知多半島で生まれたものと、知多半島のものを使って開発したオリジナル商品だけを並べるつもりです。
その代わりとして考えたのが、この土地で何かをつくっている人にここを利用して販売してもらって、売れた一部を場所代にしてもらうやり方です。ここをオープンして4年、ようやく気づき始めたところです」
従来の“店”スタイルではなく、店とお客さんの関係を変え、時にはお客さんが生産者として販売に携わると、お客さんが店の一員になっていくことになります。
阿久比町のある知多半島の伝統調味料 酒粕酢(通称あかす)を使った「あぐいのあかすしす」は、
阿久比町にある三井酢店の協力のもと、『dnews aichi agui』が開発したオリジナル商品。
知多木綿を用いた商品も並ぶ
一方で、阿久比町に店を開いて以来、難しさを感じていることもあると言います。
「僕がここに来て、何ともならなさを感じつつも、でも何とかしなくてはいけないという気持ちでいるのが、文化意識をいかに醸成するかということです」とナガオカさん。
その土地らしさを発掘し、伝えてきた『D&DEPARTMENT PROJECT』。しかし、その土地に住んでいる人が、土地にある美しいものに関心がなかったり、美しさに気がついていないと、それを残していくことは容易ではありません。
「2023年から『あぐいの美塾』というのを始めて、町の何気ないものは、町の財産であることを伝えてきました。イベントに来るのは9割ぐらいが町外の人です。でもこういうことをやっていることが徐々に町に漏れ出ていくことで、何か変わるかなと思ってきました。でも、文化意識ってなかなか変わってはいかない。これまでは、メディアなどを使っていろんな仕組みをつくり、動かしてきました。だから、当初は文化意識だって変わっていくはずだと思っていたんです。でも、それほど簡単ではないです」
文化意識を醸成するためにも「町に本屋がないのはまずい」と、店の奥につくった古本屋。
まずは、町の人の不要になった本を集めるところからスタートした。
文化意識が変わらないと、どういうことが起こるのか、ナガオカさんは阿久比町で起きたある出来事を教えてくれました。
「ここから5km離れたところに、知多木綿問屋さんの大きなお屋敷があって。そこには高さ3メートルぐらいの壁が20〜30mぐらい続いていました。子どもの頃、そこは僕の通学路で、阿久比町らしい風景でとてもいいなぁと思っていたんです。ところが、この壁が老朽化によってうねうねと歪み始め、いつか倒れるのではないかと近隣の人から役場に連絡が入るようになったそうです。それで持ち主の方が、僕に相談に来てくれたんですね。そこで、その方と僕らは役場の産業観光課に行って話をしてみたのですが、どうすることもできない。財源はゼロだし、町にそういうものを残さなくてはという意識がない。職員の皆さんも個人的には残したほうがいいと思ってくれても、役場としてはなかなか動けない」
そこで立ち上げたのが、『あぐいの美塾』でした。
「『あぐいの美塾』は、いかに黒壁のある風景が阿久比町らしいか、みんなでその風景を眺めながら土木の専門家たちと考えたりする場にしたいと考えました。僕としては、自分の住む町の風景が美しいと思うことは、文化意識が根付くきっかけになるという思いもありました。また、これまでの経験で言えば、どこかからそのためにお金を出すよって人が現れたり、こういう人を知っているから一緒に何かしようという動きが始まったりするのではないかという思いもあったんです」
しかし、その黒壁は結局取り壊されてしまいました。多くの注目が集まることで、中には危ないと考える人も多く、取り壊しを早めることになってしまったと言います。
長く使えるデザイン、その地域らしい美しいものを残したい、そんな思いで始めた『D&DEPARTMENT PROJECT』ですが、その地域らしい美しさを、地域の人自身が大切にしたいと思う文化意識なしには、何も始まっていかないという根本的な問題にぶち当たることになりました。
「よく『何秒に一つ自然が破壊されていく』みたいな表現がありますが、僕の感覚だと1カ月に1棟は阿久比町らしい建物が壊され、そうした風景が更地になっているという感覚があります。それをくい止めるには、そういう意識のある人を増やしていくしかない。今はそう考えて、役場に行ったり、いろいろな人と話したり、地道な活動を続けています。また、文化意識をもった移住者を増やすこともとても重要です。関係人口とか、滞在人口ということも大切だと思います。でも、クリエイティブな感覚、文化意識をもった人が1人でも、この町に来てくれるのはとても大きいことなんです」
元田真樹さんは、名古屋市熱田区のカフェ『BERING PLANT』のオーナー。
『dnews aichi agui』に通ううちに阿久比町に移住し、現在は店内のカフェ『BERING PLANT 阿久比』も
運営している。
そんな思いもあって、『dnews aichi agui』の隣に始めたのが、飲み屋『酒とめし△○□』です。飲み屋ができたことで、移住したいと考える人も増えてきたと言います。
隣接する『あぐいの屋台酒場 酒とめし△○□』。「最近は歩いて帰れる距離の人達が集まってきて、
この場所で飲んでいる。それはもうすごい幸せなことで」とナガオカさん。
「一つひとつ、本当に地道です」とナガオカさんは笑います。それでも、その地道なことから変化が生まれると、小さなことでもうれしく感じるとナガオカさん。
「たとえば、先程の竹林の間引きを行った後、近所の方がお裾分けをくださったんです。『いや、いただいちゃっていいんですか』って言ったら、『きれいな景色にしてくれたから』って。おぉ、きれいな景色って言ってくれたって思って(笑)。それって美観に対する感覚、文化意識じゃないですか。『片付けてくれてありがとう』って意味かもしれないけれど、それでも『きれいな景色に』ってうれしそうに言ってくれたことで、僕も幸せな気持ちになって。それで、竹林が見える位置に長いベンチをつくったんです。そしたら、今度は子どもたちがそこに座るんですよ、竹林のほうを向いて。なんか、うれしいですよね」
竹林の前につくった長いベンチ
「東京には東京の役割があって、もちろん大切です。でも、ここに来てみて、僕はもう東京にいる場合じゃないなって飛び出した。なんか田舎のスタイルがすごく面白いんです。田舎暮らしをしたいのかと言ったら、そうではなくて、僕は田舎でクリエーションがしたいんです。こういう土地では、これまでやってきたクリエーションの言語が通用しないし、文化的なものへの関心も薄い。これまでは何でもコントロールできると思っていたのに、全く無理ですよね、本当に。でも、そういう根底の部分からつくるということには、醍醐味があるんです」
その醍醐味のひとつに、関係性から生まれるものがあると言います。
「この町にいると、同じ人に会う確率が非常に高いんですよ。町を歩いていても『おっ!』、コンビニに行っても『おっ!』と。そういう関係性の中で生まれてくるものが、結構面白いんです。人口が多すぎると手応えを感じにくいですよね。人工的につくられたもののなかで、誰かがありがとうございますと言っているけれど、その人の顔は見えないことが多い。でも、ここでは、あの人がああいう風に言ってくれた、ああいう風に書いてくれたということは目に見えるし、やりがいがあるんですよね。
昨日は、ふと『ボトルキープってすごいことだ』って思って感動して(笑)。ボトルをキープするって、関係性を持ち続けるってことですよね。『お前のところが気に入ったから関係性をキープするわ』みたいな。そこで、隣の飲み屋にもボトルキープの仕組みをつくりました。いつか目の前で『ボトルキープするわ』ってお客さんを目撃したら、たぶんすごい幸せだろうなぁ」
コーヒーチケットもお客様と関係性を持ち続ける仕組みのひとつだとナガオカさん。
店内は、平日は地元のお客様、休日は町外のお客様で賑わう。
デザイナー、アートディレクターとしてさまざまなクリエーションに携わり、デザイン活動家としてデザインのあり方を探り、各地の“らしさ”を発掘・紹介してきたナガオカさんが、今改めて故郷で、人と人、人と土地の関係性に目を向け、文化意識を育てるという根底の部分に携わる、そのことにとても面白さを感じます。そうお伝えすると、ナガオカさんは「僕も面白いなぁと思います」と言いながら、こう続けます。
「とは言っても、僕はやっぱりクリエーションがしたいから、最終的には、ここでも物をつくりたいんです。でもその物をつくる前段階がすごく長いんですよね。面白いですよ。
東京にいた頃は、将来に対する設計図を書いて、絶対こうなるはずだ、こうなるためにこういう力を借りて、こうやって行くんだなんて、ゴールを考えていました。でも、今はそういうものは何もない。毎日起こっていることを真正面から受け止めて、一つひとつやっていくのだと思います」
最後に、私たちの愛知県の旅が、この土地の発酵を巡る旅だと伝えると、「ここも、今、まさに発酵中ですからね」とナガオカさん。「文化の発酵という意味で、僕たちに注目してもらえるなら、それは素晴らしいことです」と話してくださいました。
これから『dnews aichi agui』から何が起こり、発信されるのか。また、竹林を望むベンチに座る阿久比町の子どもたちは、何を思い、どんなふうに大人になっていくでしょうか。発酵中のこの場所に、これからも注目していきたいと思いました。
デザイン活動家・1965年北海道室蘭生まれ
「ロングライフデザイン」をテーマとするストアスタイルの活動体D&DEPARTMENT PROJECTを創設。47都道府県に1か所ずつ拠点をつくりながら、デザイン目線の旅行文化誌『d design tarvel』や日本初のデザイン物産ミュージアム「d47 MUSEUM」などを展開。物販・飲食・出版・観光などを通して、47の「個性」と「息の長い、その土地らしいデザイン」を見直し、全国に向けて紹介する活動を行う。2013毎日デザイン賞受賞。「情熱大陸」「カンブリア宮殿」などに出演。著書に「ナガオカケンメイの眼」(平凡社)など。 2021年より故郷・愛知県阿久比町で「d news」をスタートし、現在、阿久比町と沖縄うるま市で活動中。
www.nagaokakenmei.com