発酵でつながる、おいしい輪!「私の発酵“推し”美食」

Vol.15 発酵漬物のスープで温まる!
タイ料理人・アベクミコさんの
「パッカドーンとスペアリブのスープ」

2025/03/13

食にかかわるプロに、お気に入りの「推したい発酵食」を教えてもらう本連載。今回、お話を伺うのはタイ料理人のアベクミコさんです。アベさんの推しは、タイの漬物「パッカドーン」。手に入らない場合は、高菜漬けや野沢菜漬けなど、好みの漬物でも代用可能です。発酵が生む酸味と旨みが溶けだす、簡単で本格的なスープを召し上がれ。

発酵調味料は
タイ料理のベース

世界各国を旅するうちに、タイ料理の奥深さに魅せられたというアベクミコさん。地域ごとに特色のある郷土食や、バリエーションに富んだ料理は、「何度訪れても、何度作っても飽きることがない」と語ります。
その豊かなバリエーションを支えているのが、タイ料理に欠かせない発酵調味料の数々です。

よく知られるナムプラーのほか、軽く炙ってから粉末状に砕いて使う トゥアナオ(乾燥納豆)や、
クラティアムドーン(にんにくの酢漬け)、カピ(オキアミやエビの発酵ペースト)など、
形状も材料もさまざまな発酵調味料が使われる。

「発酵調味料は、タイ料理のベースです。私たちが『今日の炒め物は味噌味にしようか、醤油味にしようか』と考えるように、タイではナムプラーやプラーラーといった魚醤やエビの発酵ペーストであるカピなどを使い分けて、料理の味を決めていきます。あらためて“発酵食”と意識することもないほど、日常的で身近な存在といえますね」

味噌や醤油と同じく、ナムプラーやカピもメーカーや産地、また熟成度合いによって風味や味わいが変わるそう。

「北部と南部ではよく使う調味料も異なり、それぞれの地域ごとに特色のある食文化が育まれています。また、タイは、東南アジアで唯一、植民地化をまぬがれた国でもあります。外部の影響を受けすぎることなく、現代にまでタイ固有の食文化が色濃く残っているんです。一方で、海外の食文化も、そのまま輸入するのではなく、タイ料理の一部として取り込むような柔軟性も。たとえば、最近では『グリーンカレーパスタ』のような欧米の要素を取り入れた料理も人気。そのあたりも日本との共通点を感じますね」

すっぱおいしい!
「パッカドーンとスペアリブのスープ」

タイの発酵食品といえば、大根やからし菜、にんにくなど、さまざまな野菜で作られる漬物もはずせません。炒め物やスープの具材としても活用されています。

今回、アベさんが教えてくれたのは、豚の骨つき肉を使った酸味のあるスープ。高菜(マスタードグリーン)を塩漬けにして発酵させた漬物「パッカドーン」の塩気と酸味、独特の旨みが、味の決め手です。

タイ料理によく使われる漬物の1つ「パッカドーン」。日本の漬物よりも塩分は控えめ。
エスニック食品を扱う店やオンラインショップで手に入ります。

  • [材料](作りやすい分量)
    パッカドーン100g (高菜漬けや野沢菜漬けでも可)
    豚スペアリブ約300g(5本)
    にんにく1かけ
    ナムプラー大さじ2
    ホワイトペッパー(ホール)小さじ1/2
    パクチーの根1本分
    ホワイトペッパー(パウダー)適宜
  • [作り方]
    1.パッカドーンは1cm幅の細切りにする(漬け汁はとっておく)。高菜漬けなどで代用する場合は、さっと水洗いして絞ってから切る。にんにくは軽くたたいて潰す。
    2.鍋にスペアリブがかぶるくらいの水を入れ、強火にかけ、沸騰したらゆでこぼす。
    3.きれいにした鍋にスペアリブ、ホールペッパー、パクチーの根、にんにくを入れ、水900〜1000mlを注いで中火にかけ、スペアリブがやわらかくなるまで煮る(水分が足りないようなら途中で水を足す)。

    4.パッカドーンを加えて5分くらい煮たら、ナムプラーとパッカドーンの漬け汁を加え、味をととのえる。好みでホワイトペッパー(パウダー)をかけて食べる。

    パッカドーンの塩味は個体差があるので、味見をしてナムプラーを加える分量を調整して。

「漬物の独特の風味で、一気にタイらしい味わいに。春雨や豆腐などを加えてもおいしいですよ」

世界をつなぐ、発酵の知恵

「タイ料理は辛い、というイメージも根強いですよね。でも、実はタイ料理って辛いものばかりではなくて、本当に幅広いんです。南と北でも雰囲気が全然違います」

タイ各地の料理を学ぶなかで、アベさんが「驚いた!」と振り返るのが、豚肉を発酵させた食品の存在です。

「タイでポピュラーな発酵食品に、豚肉とごはんを塩や唐辛子と混ぜ、発酵させた『ネーム』という食べ物があります。このネーム、青森の飯寿司と共通点が多いんです。温暖なタイと冬の寒さが厳しい東北で、同じように発酵を利用した食品が作られているって、おもしろいですよね」

飯寿司とは、魚に米や麹、野菜を重ね、発酵させた東北地方の伝統的な保存食です。

「温暖な地域では食材が傷みやすく、雪深い地方では冬の間の食糧を保存しておく必要がある。きっとそれぞれに必要に迫られ、生み出された保存の知恵なんですよね」

発酵調味料で手軽に
タイの風を吹かせて

スーパーや輸入食材店などでも手軽に世界各地の調味料が手に入るようになった今、「買ったはいいけれど、使いきれない」という悩みを抱えている人も少なくないかもしれません。
アベさんは、タイ料理を作るときだけでなく、和食などにもエスニック調味料を取り入れているといいます。

「とくに使い勝手がいいのはナムプラーです。スープやお鍋、炒め物などの調味に、塩や醤油を半量にしてナムプラーを足すと、ぐっと味わいが深まります。また熟成が進んだまろやかなナムプラーは、生食にもおすすめです。お刺身をナムプラーでいただくのも、ちょっと雰囲気が変わって新鮮ですよ」

醤油、味噌、みりんなど、発酵調味料を自然に使い慣れている日本の食文化には、世界の発酵調味料も取り入れやすい土壌がある、とも言えそうです。「ナムプラーはタイ料理用」という思い込みから自由になってみると、日々の料理の幅がさらに広がるかもしれません。

次回は、日本酒専門店『にほん酒や』の店主・高谷謙一さんにバトンをつなぎます。高谷さんの「発酵推し美食」もどうぞお楽しみに!

タイ料理人

アベクミコさん

タイ料理人

アベクミコさん

アパレルブランドに勤める傍ら、世界各地を旅するなかで、とりわけタイ料理に心惹かれる。タイでのホームステイや現地の屋台やレストランなど、国内外でタイ料理を学び、2018年、東京・東中野に完全予約制のプライベートダイニング「DDD」をオープン。ケータリング、料理教室、メニュー開発、イベントなどで、タイ料理を中心としたエスニック料理の魅力を発信中。著書に『エスニック料理。屋台飯もスパイスカレーも』がある。
Instagram:@peaceful1024