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発酵でつながる、おいしい輪!「私の発酵“推し”美食」
Vol.16 青森・十和田の伝統発酵食
「ごど」ってなんだ?
にほん酒や・高谷謙一さんの「簡単おうちごど」
2025/04/10
Vol.16 青森・十和田の伝統発酵食「ごど」ってなんだ?にほん酒や・高谷謙一さんの「簡単おうちごど」
発酵でつながる、おいしい輪!「私の発酵“推し”美食」
2025/04/10
食にかかわるプロに、お気に入りの「推したい発酵食」を教えてもらう本連載。今回のゲストは、日本酒専門居酒屋「にほん酒や」の店主・高谷謙一さんです。高谷さんが推すのは、故郷の青森でも知る人ぞ知る発酵食だという「ごど」。納豆と麹と塩をまぜ合わせて作ります。時間とともに変化する味わいが魅力のごど、一度作ればその手軽さとおいしさのとりこになってしまうかも!
吉祥寺にお店を構える「にほん酒や」。その名の通り、日本酒を専門とする居酒屋です。
「日本酒は難しい、とっつきにくいという声もよく耳にします。悪酔いしやすいというイメージを持っている人もいるかも。でも、今の日本酒はとてもおいしくなっています。日本酒をおいしく楽しんでもらいたくて、自己流で料理を学び、作るうちに、僕のルーツである青森の保存食の知恵、発酵や熟成を取り入れることも多くなりました」
穏やかな口調でそう語るのは、店主の高谷謙一さん。
温かい燗酒に合わせるのは、いかの塩辛、レバーのコンフィ、あん肝のパテと和洋を問わない幅広い料理の数々。発酵肉や熟成魚を使ったメニューも登場します。
店主の高谷謙一さん。日本酒を専門に扱うお店がまだ少なかった2009年に、「にほん酒や」をオープンした。
「日本酒は、ほかの酒よりアミノ酸の種類が圧倒的に多いんです。旨い酒と旨い料理を一緒に合わせると、相乗効果でさらにおいしくなります。お米を発酵させて作る酒だから、発酵食との相性ももちろんいいです。僕のおすすめの飲み方は、温かいお酒。人肌より上の温度にすると、胃腸への負担が少なくて、次の日がすごくラク。燗酒なら二日酔いしにくい、これは本当ですよ(笑)」
材料をすべてまぜるだけ。たっぷり作って、時間の経過とともに変化する味わいを楽しみたい。
お店でもさまざまな発酵食メニューを提供する高谷さんが、「家庭でも手軽に作れて、おいしい!」と太鼓判を押すのが、「ごど」です。
「ごど」は、青森県の十和田地方に伝わる郷土食。ごく限られた地域でのみ食されていて、つい最近まで県外はもとより、県内でも知る人ぞ知る発酵食だったそう。
「夏場なら2〜3日、寒い季節は1週間ごろからが食べごろですね。その後も発酵はじわじわと進んでいくので、好みの味わいになったら菌の活動を抑えるために冷蔵室へ移します。発酵が進むほどマニアックな味わいになるので、3週間くらいで冷蔵室へ入れるのがおすすめ」
高谷さんが愛用する、らくだ坂納豆工房の「谷町納豆」(左)。糀は手軽で使いやすい「みやここうじ」(右)を使用。
高谷さんが「ごど」を知ったのは、意外にも数年前のこと。きっかけは、知人が納豆工房を立ち上げたことでした。
「お店では、大阪の『らくだ坂納豆工房』の『谷町納豆』を取り寄せています。実は、この工房のオーナー・伊戸川さんは、もともと日本酒専門の居酒屋を営んでいた先輩。2021年にお店の看板メニューのひとつ、自家製納豆を販売する工房を始めました。あの人の納豆は本当においしくて、それをたくさん取り寄せるうちに、『この納豆ならいろんな料理に使えそう』と考えるようになったんです。そこで改めて地元青森の郷土料理を調べ、『ごど』と出合いました」
ごどは、青森県南部の十和田に伝わる郷土食。津軽地方出身の高谷さんも、インターネットで検索して、はじめてその存在を知ったと言います。
「十和田のごどは、納豆から手づくりするもの。東北の発酵食文化を伝える活動をしている矢部聖子さんが、伝統的な作り方を今に伝えていらっしゃいます。僕も、矢部さん達や農文協の本などを読みながら、アレンジしています」
左から、作りたて、1週間後、半年後のごど。発酵が進むにつれて熟成し、色も味わいも変化する。
1週間ほど発酵させたごどは、まろやかでチーズのような旨み。常温で3週間発酵させたあと、冷蔵室で半年ほど寝かせた超熟成ごどは、味噌のような旨みに酸味が加わって、なんとも奥深い味わいです。
「納豆菌はとても強いと聞くので、麹菌が活動できるのかちょっと疑問だったんです。でも、まったくの杞憂でした。両方がいい感じに働いて熟成していきます、おもしろいですよね。ごはんのお供にもなるし、バゲットやクラッカーにのせるのもいい。それから、ごどは漬け床としても使えます。塩もみした野菜や生魚などを漬ければ、発酵の旨みが加わってひと味違うおいしさに。これもまたおすすめです」
ごどのほか、発酵の力を活用したつまみを肴に一献。
「僕の店では発酵を利用した料理もいろいろ出していますが、その理由はとてもシンプル。そのほうがラクだし、無駄も出ないからなんです」
発酵食を作るには、塩漬けにしたり、水分を抜いたりと手間も時間もかかります。
「でも、作り手の都合で使いたいときに使えるようになるでしょう? たとえば、夏になると、農家さんからきゅうりやトマトがどかっと大量に届きます。それを新鮮なうちに食べきろうと思ったら、かなり大変。冷蔵庫もパンパンになっちゃう。漬物にしたり、乾燥させたりすれば、常温でも保存できるし、半年後も1年後だっておいしく食べられます。食材があるときに仕込んでおけば、毎日買い物に行かなくてもいいし、廃棄率も下げられます。発酵食づくりは、僕にとっては力を抜くためのものなんです」
ごどを作り始めたのも、おいしい納豆がたくさん手元に届いたから。高谷さんの発酵との付き合い方はとても自然体、かつ理にかなっています。
自家製の発酵おつまみ。左から時計回りに、昨年の冬に仕込んだ牡蠣の塩辛、酒粕と塩麹で漬けたかぶ、
かぼちゃのコールスローに自家製粒マスタードソースをかけたもの。
「発酵はあくまで手段。おいしくするために発酵させているというより、たくさんあるものをなるべく全部食べ切るためにやっています。まあ、結果的においしくもなるんですけれどね(笑)。昔の人もきっと同じだったのではないか、と思います。冷蔵技術も輸送網も発達していなかった時代、冬の収穫のない時期をどうやって過ごすか、収穫期に採れたものをいかに保存するかと考えて生まれたのが、発酵や熟成、天日干しなどの知恵。お店をやるようになって、僕も同じ発想で郷土の保存食を改めて見直し、学んでいます」
高谷さんは毎年、「真夏に冷蔵庫を一切使わずに営業をする」というイベントも実施しています。イベントの1週間前に調達した食材を、発酵や塩漬けなどの技法で仕込み、準備するそう!
「発酵を活用できると、サバイバル能力は高まりますね。しばらく電気が止まっても、食べていけます(笑)」
次回は、高谷さんとともに「真夏のNO冷蔵庫営業」イベントにも立つ、料理家の安田花織さんが登場します。安田さんの推し発酵食も、どうぞお楽しみに!
にほん酒や 店主
1979年、青森県生まれ。システムエンジニアを経て、飲食業へ転身。飲食店での約10年の修行の後、2009年に「にほん酒や」を開業。厳選された日本酒とおいしい料理が楽しめる居心地のいいお店は、日本酒愛好家はもちろん日本酒ビギナーにも人気。
http://web-farmer.jp