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発酵を訪ねる
創業以来140年 守り続ける
伝統製法でつくる
中定商店の豆味噌とたまり醤油
2025/04/17
発酵を訪ねる
2025/04/17
豆麹と塩のみでつくる「豆味噌」と、豆味噌をつくる過程で生まれる「たまり醤油」をつくり続けて140年の中定商店。こだわりの製法、おいしさの秘密を伺いに、愛知県の知多半島 武豊町を訪れ、6代目当主の中川安憲(やすのり)さんにお話を伺いました。
赤だしのみそ汁をつくる際に使う「赤味噌」「赤だし味噌」などと呼ばれる味噌は、どのようにつくられているかしっていますか? 日本の多くの土地で使われている味噌は、大豆、米麹、塩を用いてつくる「米味噌」です。しかし、この赤味噌の原料は、大豆と塩のみ。米を用いない「豆味噌」と呼ばれる味噌で、主に東海地方で食されてきました。「みそカツ」や「みそおでん」など、愛知県でよく食べられている料理にも豆味噌が使われています。
今回訪れた愛知県 知多半島にある中定商店も、伝統的な製法で豆味噌をつくり続けてきた味噌蔵のひとつです。豆味噌をつくる過程でにじみ出る「たまり醤油」も中定商店の代表的な商品。「はじめは馴染みがないかもしれないですが、そのおいしさを知ると、もう後戻りできない。それくらいうま味がたっぷりなのが豆味噌、たまり醤油です」と話す、中定商店の6代目の中川安憲さん。まずは、豆味噌、たまり醤油をつくる蔵を案内していただきました。
中定商店の6代目の中川安憲さん
「豆味噌、たまり醤油は、豆麹、塩だけでつくっています。まずは大豆を洗って、水と一緒に圧力釜の方に入れ、数時間、蒸気で蒸します。柔らかくなった大豆を40度くらいまで冷まし、大豆を丸めて味噌玉というものをつくります。豆味噌は、この味噌玉の表面に種麹をつけて、麹室という部屋で麹菌を繁殖させ豆麹にします」と中川さん。
味噌玉をつくり麹菌をつけるのが、豆味噌をつくる際の特徴的な工程だということですが、なぜ味噌玉をつくるのでしょうか? この問いに、中川さんはこう教えてくださいました。
「私たちが生活している空気の中には、ごく普通に納豆菌が生息しています。豆味噌は大豆を原料にしているので、温度帯が変わると簡単に納豆になってしまうんです。具体的に言うと、麹菌はは30度前半で繁殖しますが、40度になると納豆菌が繁殖しやすくなります。そのため、大豆を蒸したものを味噌玉にして表面積を小さくし、菌を繁殖しにくくしています。また、丸く形成すると乳酸菌ができやすい環境が生まれます。味噌玉に乳酸菌が繁殖すると酸性になるため納豆菌が増えにくくなる、つまり必要のない菌に侵されることを防ぐことになるんです」
「乾燥しているので実際のものより小さいですが、味噌玉とはこういう形状のものです」と中川さん。
ちなみに愛知県岡崎市で古くからつくられている豆味噌の一種、八丁味噌も同様に味噌玉をつくりますが、中定商店の味噌玉よりもさらに大きな味噌玉をつくります。そのため、乳酸菌が多くつくられることになり、一般的な豆味噌よりも八丁味噌のほうが、酸味が強くなる特徴があるそうです。
古の職人たちが、乳酸菌の働きについて知っていたかどうかは定かではありません。しかし、「昔の職人たちは、さまざまな経験をするなかで、納豆菌を抑制し、豆麹を安定的に醸す方法として、味噌玉をつくることに行き着いたんでしょうね」と中川さん。
その後、味噌玉の温度を30度台前半に保ちながら、約2日間かけて麹菌を安定的に繁殖させ、麹室から取り出して木桶で仕込むプロセスへと移ります。
「こちらの木桶で仕込んでいきます」
そう案内してもらった場所には、大きな木桶が並んでいました。明治12年の創業以来、大切に使い続けている木桶です。
「さきほどの味噌玉の豆麹をこの木桶に詰め、塩水を入れて、足で踏み込んでいきます。足で踏み込むことで、空気を押し出し雑菌が入らない状態にしていきます。何度もそれを繰り返しながら、木桶の上部まで味噌玉の豆麹を仕込んだ後、布を敷いて、重石として石を乗せます」
確かに、上から見てみると、木桶の上に石がしっかりと敷き詰められています。
「この石は10kg〜15kgぐらいあり、2段重ねで敷き詰めるので、全部で約150個、だいたい1.5tくらいの石を積み重ねていることになります。当社の社員総出で行う大変な重労働ですが、創業以来の製法として今も変わらず続けています」
こうして仕込まれるのが「豆味噌」。この仕込みの熟成過程で豆味噌から出てきた汁が「たまり醤油」です。
「昔は豆味噌を仕込み、そこからたまり醤油を取り出していましたが、今は豆味噌とたまり醤油は別々に仕込んでいます。たまりを抜かないことで、豆味噌を最高のものに仕上げたいという思いからです」と中川さんは教えてくれました。
仕込まれた味噌は、2〜3年間かけてこの木桶でじっくりと発酵、熟成され、ようやくできあがります。たまり醤油も同様のプロセスを経て味噌から搾り出され、できあがります。味噌を加熱殺菌しないのも昔から受け継がれた中定商店のこだわりのひとつです。
「木曽三川の上流から持ってきた石だと思います」と中川さん。
創業時に集められた石を洗いながら、今も大事に使用している。
中定商店の5代目当主がつくった「醸造伝承館」には、
昔ながらの道具などが展示されており、古の製法を今に伝えている。
「たまり醤油は、豆味噌を搾るという非常に非効率な方法で生産されます。豆味噌は硬く、出てくる水分はそれほど多くありません。しかしその分、その水分には旨味成分が凝縮して含まれています。たまり醤油の旨みが強くおいしいのは、そのためです」
中定商店のたまり醤油には数種類ありますが、中でも仕込む水の割合を変えてつくる『十水(とみず)』と『幻蔵(げんぞう)』は、濃厚な味わいを楽しむことができる看板商品です。
「『十水』は、原料の大豆十割に対して十割の水で仕込んだたまり醤油です。さらに、十割の原料に対して五割の水で仕込むのが『幻蔵』です。通常の醤油は、十割の原料に対して十四割の水で仕込むと言われていますから、『十水』も充分に濃厚なのですが、五割の水で仕込んだ『幻蔵』はさらに濃厚な旨みが凝縮された、最高級の味わいを堪能していただけます」
中川さんの説明を聞き、それぞれのたまり醤油を試食しました。「旨みが強い」の意味がよくわかります。いわゆる醤油とは異なり、塩味だけではない複雑な味わいを感じます。
「シンプルな食べ方で言えば、たとえば、このたまり醤油で味玉をつくるととてもおいしいですし、卵かけごはんにぴったりと、お客様に喜んでいただいています。たまり醤油や豆味噌に馴染みがないという人にも一度、試していただきたいですね」
そう話す中川さんですが、近年はお客様に新たな潮流を感じているそうです。
「豆味噌といえば、かつては東海地方の味、地元の人だけが食べるというイメージが強かったと思うのですが、近年は、ネット販売などでさまざまな地域の方からお買い求めいただくことが増えてきました。また、海外からの需要もあります。たまり醤油は、通常の醤油と異なり、麦を使用しないため、グルテンフリーを選択する人が好んで使ってくださっているようです。また、味噌づくりのワークショップもご好評いただいています」
豆味噌全体の国内の消費量は少しずつ下がる傾向にあるそうですが、中定商店の厳選された原料でつくる味わいに魅了される人は増えています。
中川さんも、中定商店でつくる商品の旨みの強さ、おいしさに胸を張ります。
直売店「本蔵」では、中定商店の商品やコラボレーション商品などを購入することができる(上)。
国産大豆を用い、伝統製法でつくられた中定商店の豆味噌『宝山味噌』には
「この商品でなくては」というファンも多い(下)。
「昔ながらの手づくりの伝統製法は手間がかかりますが、機械を使うと摩擦熱などが発生してしまい、味を落とす原因になりかねません。受け継がれてきた製法を変えることなく続けていく。それこそが私たちの味を守ることにつながるのだと信じて、これからも伝統製法で商品をつくり続けていきたいと思います」
柔和な表情の中川さんですが、その力強い言葉から、変わらぬおいしさを次世代にも伝えていくんだという強い意志を感じました。