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Special Contents

「発酵概論」 東京農業大学名誉教授 舘 博

5.発酵における味の変化

米味噌は、蒸した大豆に米麹と食塩を混ぜて仕込まれます。食塩の抗菌性に守られながら、米麹に含まれる麹菌の酵素で大豆のタンパク質や米麹のデンプンが分解されます(図11)。大豆のタンパク質は麹菌のプロテアーゼにより、ポリペプチドを経て、低分子のペプチドやアミノ酸まで分解され、米味噌の旨味になります。そして米麹のデンプンは麹菌のアミラーゼにより、デキストリンを経て、低分子のオリゴ糖やブドウ糖まで分解され、米味噌の甘味になります。このようにして出来たアミノ酸は耐塩性乳酸菌の栄養源となり、ブドウ糖を耐塩性乳酸菌が乳酸発酵して乳酸を生成します。乳酸発酵により生成された乳酸は、米味噌のpHをpH5付近まで下げ、耐塩性酵母の生育環境を整えています。次に耐塩性酵母がアミノ酸を栄養源としつつ、ブドウ糖をアルコール発酵して、エタノールやエステルなどの香気成分が生成されます。最後に耐塩性酵母の中でも熟成酵母と呼ばれる酵母が、アルコール発酵をして米味噌らしい風味が完成します。このように、発酵食品では微生物の働きにより原料成分が分解されたり、他の物質に変化したりして、呈味が形成されます。また、微生物は主な発酵生産物以外にも微量の生産物も生成するので、発酵ならではの複雑な風味が生まれるのです。

図11. 味噌の熟成中におこる成分の変化

図11. 味噌の熟成中におこる成分の変化

醸造酢は、酢酸菌がエタノールを酸化して酢酸にする酢酸発酵により醸造されます。従って酸造酢の原料はお酒であり、清酒からは米酢、ワインからワインビネガー、ビールから麦芽酢、リンゴ酒からリンゴ酢といったように醸造されます。酢酸発酵では酸化が行われるため、酸素(空気)が必要になります。食酢を静置法で醸造する場合は、お酒を空気に触れさせるため、表面積が広くなるように底が浅く口が広い発酵容器で発酵させます。酢酸菌は好気性菌のため、液面に菌膜を形成して酢酸発酵を行い、この菌膜を次の新しいお酒に移植すれば、また酢酸発酵が始まり食酢が醸造できます。工業的に、迅速大量に食酢を醸造する場合は、強制的に空気を送り込んで醸造するアセテーターを用います。静置法で時間を掛けて醸造された食酢は風味に優れていることから、高級品として販売されています。

清酒など酒類やパンなどのアルコール発酵では、酵母が糖類を資化してエタノールを生成すると共に、二酸化炭素(炭酸ガス)を発生します。この二酸化炭素が清酒やビールの発酵過程で泡となり、清酒やビールの醸造ではこの泡の形状で、発酵状態を判断する基準になっています。

芋焼酎におけるアルコール発酵では、この二酸化炭素により醪(もろみ)の対流が自然に起こり、発酵の最盛期には発酵タンクから醪が飛び出しそうな勢いで、発酵が進み、おいしい焼酎ができあがります。

また、パンではこの発酵で産生される二酸化炭素を生地の中に充満させ、パン生地をふっくらと膨らませています。人は、発酵を保存や味付けの一つとして利用するだけでなく、食事をおいしくする調理技術として応用しています。

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